政策保有株式の縮減は「資金使途」や「配当方針」にどう影響する?
2025年03月05日
政策保有株式を縮減する傾向が加速している。かつて、株式を持つ側には取引関係の維持・強化等のメリットが、持たれる側には安定株主の確保等のメリットがあると考えられていたが、マイナスの影響として、資本効率の悪化(株式を持つ側)やコーポレートガバナンスの低下(株式を持たれる側)を懸念する声は多い。
政策保有株式縮減の背景として、2015年に東京証券取引所上場企業のコーポレートガバナンス上の諸原則を記載した「コーポレートガバナンス・コード」の適用が開始されたことや、投資先企業の経営陣に積極的な提言を行うアクティビストの影響がある。縮減が加速するきっかけとしては、2023年12月に大手損害保険グループ傘下の保険会社が企業向け保険の価格調整問題をめぐって金融庁から業務改善命令を受けたことがあると思われる。その後、大手損害保険グループは概ね2030年度までには政策株式の保有をゼロにすると発表し、この流れが他の上場企業にも政策保有株式の見直しを促したと考えられる。株主の意向で政策保有株式を売却するだけでなく、株式を売られる側の上場会社が自ら株主に政策保有株式の売却を相談する動きも見られる。
縮減の加速は、「株式の売出し」や「自己株式の公開買付け」の件数の増加からも窺える。2019~2023年の5年間では、年間平均での株式売出しは46件、自己株式の公開買付けは18件あった。これに対し、2024年はそれぞれ80件、29件と増加している。2025年はまだ2ヵ月しか経過していないが、2024年1-2月と同水準かそれをやや上回っている。また、株式の売出しでは、売出人が創業者等の個人ではなく上場企業となるケースが増えたり、売却の理由では「株主の意向により」や「上場基準を維持するため」等よりも、「政策保有株式を縮減するため」等の表現が増えたりと、内容にも変化が表れている。
政策保有株式に関する考え方やいつまでにどの程度まで縮減するかのターゲットを、決算説明会資料等に示す企業は少なくない。しかし、その一方で、株式の売却で得たキャッシュの使い道や、一定の配当性向に基づいて配当金を決めている企業の場合、一過性の政策保有株式の売却益も含めて配当として還元するかどうかなどの説明が少ない企業が多い印象がある。投資家との質の高いコミュニケーションを図る上で、「政策保有株式の縮減目標」と「資金使途の考え方」の流れを分かりやすくする姿勢は大事である。例えば、「売却により得た資金は成長投資に振り向け、政策株式売却に伴うグループ修正利益の50%を株主へ還元する」や「株式売却で得たキャッシュ××億円に営業活動からのキャッシュ▲▲億円を併せた上で資金使途の配分を説明」等は参考になるだろう。
3月に入り、3月期決算の決算発表シーズンまで1ヵ月半ほどとなった。これから多くの企業の投資家向け広報(IR)部門では、新年度あるいは新しい中期経営計画での政策保有株式の縮減ペースや株主還元の方針等の資料を作成する。来る決算発表シーズンでは、業績の結果や翌期の見通しだけでなく、政策保有株式を縮減する企業のキャッシュの使い道の説明に注目したい。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

- 執筆者紹介
-
金融調査部
主席研究員 中村 昌宏