年金積立金は26兆円の過小評価?「平滑化」の影響と是非

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2025年02月05日

年金改革の政府案が出揃いつつある。昨年7月に公表された「財政検証」の結果を踏まえた公的年金制度の見直しは、今国会の重要な論点だ。ただし、財政検証の結果は前提条件次第で様変わりする。年金積立金に関する前提もその1つだ。

実は、今回の財政検証から新たに「平滑化」という仕組みが導入され、年金積立金の評価方法の変更が行われた。「平滑化」とは、過去の平均を基準にして、収益の変動を5年かけて徐々に財政検証に用いる積立金に反映させる仕組みだ。これにより、市場の一時的な変動に年金政策が左右されることを防ぐ目的がある。

今回の財政検証で用いられた2023年度末の積立金は国民年金13.7兆円、厚生年金276.8兆円だった。しかし、実績は国民年金14.5兆円(財政検証比+0.8兆円)、厚生年金301.9兆円(同+25.1兆円)で、この差が主に「平滑化」によるものである。2023年度は市場環境にも恵まれ、積立金の大半を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の収益率は年率+22.67%で、市場運用開始以降の平均収益率である同+4.26%を大きく上回った。過去の平均から上振れした収益は、平滑化により5年かけて反映されるので、2023年度の超過収益は、財政検証ではまだ5分の1しか反映されていない。

平滑化による年金積立金と所得代替率への影響

平滑化がなければ、所得代替率は向上する。厚生労働省の財政検証「成長型経済移行・継続ケース」について、積立金を平滑化せずに大和総研の独自モデルで簡便に試算したところ、年金の給付水準を示す尺度である「モデル年金の所得代替率」(※1)は、積立金を平滑化した場合と比べて+0.9%pt上昇した(内訳は基礎年金が+0.9%pt、比例部分は±0%pt)。積立金が増えることで、基礎年金のマクロ経済スライド(※2)による調整期間が短くなるためだ(比例部分は積立金が多く、このケースでは平滑化の有無にかかわらずマクロ経済スライドは発動しないため、直接の影響はない)。

平滑化による26兆円程度の時価評価との差額(2023年度末時点)は、時間経過で徐々に反映されるので、この分だけで6兆円程度の余力が生まれる公算だ(2024年度末時点)。この余力は年金財政の安定化だけでなく、今般の年金改革における政策的な柔軟性を広げる可能性もある。

一方、今回とは逆に、運用収益が下振れした場合はどうだろうか。例えば、ある年度に30兆円の運用収益の下振れが生じた場合、その年度には5分の1の6兆円しか反映されず、残りの24兆円は4年をかけて徐々に反映するということになる。一過性の下落でない場合に、過大評価した積立金を前提に年金政策を判断することとなり、必要な改革が遅れてしまうリスクはないだろうか。積立金の評価方法は重要なので、上振れと下振れの場合分けをするなど、次回2029年の財政検証に向けて更なる検討が必要である。

(※1)「モデル年金の所得代替率」とは、夫が平均賃金で40年間働いた会社員、妻が40年間第3号被保険者(専業主婦)である世帯が受給する新規裁定時(受給開始時)の年金の受給額と、現役世代の平均手取り収入額との比率を指す。
(※2)マクロ経済スライドは、将来の現役世代の負担が過重なものとならないよう、時間をかけて緩やかに年金の給付水準を抑制する仕組み。概ね100年後に1年分の給付ができるだけの積立金を残すように調整する。

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執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 吉田 亮平