実質株主の把握-スチュワードシップ・コードによる対応には限界
2025年02月03日
企業は、名義株主については会社法上の株主名簿などを通じて把握することが可能だが、実質株主(当該株式について議決権指図権限等を有している者)については、大量保有報告制度の適用対象(5%超の株券等保有割合)となる場合を除き、把握する制度が存在していない。このため、企業と株主・投資家との対話を促進する観点から、実質株主を把握できる制度の整備が、特に企業サイドから要望されてきた。
この問題は、もともと2023年に金融庁金融審議会の「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ」(WG)で取り上げられた。WGでは、金融商品取引法の枠組みの中で何らかの対応が取れないかも検討された。しかし、企業などのニーズに適う形での制度の整備は法制的に難しく、最終的には、会社法制面での検討を求めるとともに、それまでの措置として日本版スチュワードシップ・コード(SSコード)に一定の記述を行って対応するとの結論に至った。
これを受けて、現在、金融庁の「スチュワードシップ・コードに関する有識者会議」(有識者会議)でSSコードの見直し作業が進められている。有識者会議では、「機関投資家は、投資先企業との間で建設的に対話を行うために、投資先企業からの求めに応じて、自らがどの程度投資先企業の株式を保有しているかについて企業に対して説明すべきである」(2024年11月18日 第2回有識者会議における事務局説明資料)との指針をSSコードに置くことが検討されている。実質株主の把握の問題との関連では、ここで言う「機関投資家」は実質株主のこととして指針を当てはめることになるが、これで実際にどこまで実質株主の把握につながるのか、疑問が残る。そもそも実質株主としては、海外の投資家などを含めて様々な投資家がこれに該当しうるが、そのすべてがSSコードを受け入れているものでもない。また、SSコードを受け入れている機関投資家だけに限った話にするとしても、なお多くの機関投資家が存在する中で、誰が実質株主であるか事前に判明している場合でないと、企業は説明を求める相手先を特定できず、この指針が機能するケースはかなり限定されてしまうおそれがある。あるいは、各企業が見当をつけずに各方面に照会を行うこととなれば、それに対応する側も含めて相当な実務負担となりかねない。
もっとも、法的な義務付けを伴わないSSコードでこれ以上の規律を設けることには無理がある。やはり、この問題の解決には会社法制の見直しが不可避となる。この点に関しては、法律専門家などが参加する会社法制研究会(主催:公益社団法人商事法務研究会)で議論が行われ、そこでの議論が今後、会社法制見直しの本格的な検討開始につながっていくものと期待されている。研究会では、名義株主に対して投資先企業から請求があった場合に、実質株主の有無や氏名・名称、議決権指図権限を有する株式の数などについての情報提供を名義株主に義務付けることが議論されている。こうした義務付けは、証券市場における円滑な取引確保の妨げとならないかなど、その影響には十分留意していく必要があるが、実質株主の把握の問題を抜本的に解決しようとするのであれば、一つの有効な解決方法にはなりうるものと考えられる。今後の検討の進展を注視していきたい。
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専務理事 池田 唯一
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