「株価を意識した経営」は日本に根付くか

RSS

2025年01月31日

  • コーポレート・アドバイザリー部 主任コンサルタント 吉田 信之

2023年3月、東京証券取引所はプライム市場・スタンダード市場の全上場企業を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請し、現在も多くの上場企業において鋭意取組みが進められている。これは、証券取引所に上場し資金を調達している企業は、資金の出し手である株主(投資家)から出資された資金を効率よく活用し、具体的な成果(利益)をあげるべき、との観点からの要請である。その後、要請から約1年が経過した2024年2月には「投資家の視点を踏まえたポイントと事例」が公表され、さらに同年11月には「投資者の目線とギャップのある事例」が追加開示された。現状分析・評価が表面的な内容にとどまる事例や、現状分析が投資者の目線とズレている事例などが、望ましくない事例としてあげられている。公的な機関がバットプラクティスを事例として開示する例は珍しく、このことからも、上場企業に対しおざなりな対応は認めないとする東京証券取引所の本気度が伺えよう。

一方で、かつて日本の高度成長期を支えたとされる、いわゆる日本的経営の三種の神器(終身雇用、年功序列、企業内組合)は、いまだ日本企業に根強く残っているようにも感じられる。すなわち、企業と社員との関係をより重視する「家族的な経営」こそが、企業を強くし、持続的な成長を可能にするという考え方である。このような企業では、「株価を意識した経営」は株主を重視し、社員を軽視する経営であると考えられているケースも多い。

ここで誤解を解いておきたいのは、東京証券取引所が掲げる「資本コストや株価を意識した経営」は、短期的な株価上昇や資本収益性の向上を求めているわけではない、という点である。つまり、短期的な利益獲得志向ではなく、資本コストや資本収益性を十分に意識したうえで、持続的な成長を可能にする取組みや経営資源の適切な配分を求めているのである。このことは、必ずしも上記の日本的経営と矛盾するものではない。

上場企業の中には、本来の目的である資金ニーズではなく、「上場企業である」というステータスを欲していた企業も、相当数存在していたように思う。このような企業では、どうしても企業の出資者としての「株主」を軽視しがちな傾向にある。ただ、日本的経営も良いが、株価や資本収益性を軽視するのは、資本市場のあるべき姿を考えると好ましくない。

上場企業の重要な使命の一つは投資家から資金を集め、当該資金を基に事業を成長させていくことにある。資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応は、これからの日本企業にとって必須の至上命題である。いま上場企業の経営者には、その覚悟が問われているのかもしれない。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

吉田 信之
執筆者紹介

コーポレート・アドバイザリー部

主任コンサルタント 吉田 信之