上場廃止と従業員エンゲージメント

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2024年12月04日

上場を廃止する企業が増えている。2024年に東京証券取引所(東証)で上場廃止となった企業は88社(PRO Market除く)と、この10年間で最も多い。これは、年初の上場企業の約2%に相当する。上場廃止といっても、「内部管理体制等の改善がなされず改善の見込みがなくなったと東証が認める」等の例は僅少で、殆どは子会社株式の100%取得を目指したTOB(株式公開買い付け)や経営陣等によるMBO(経営陣による買収)である。

このような流れの一因に、上場企業の企業統治(コーポレートガバナンス)に対する意識の高まりがあるのだろう。親子上場となっている企業では、少数株主の利益に配慮した事業運営を行うため、取引関係、技術、販売情報等の共有に一定の制約がある。子会社株式を100%取得することでこれらの問題をクリアし、一体化した経営体制を整えようとしている。

また、MBOで上場廃止を選択するケースでは、差し迫った事業の構造改革で短期的に収益が悪化することから、非公開化で迅速な意思決定等を図る例が多い。これに加え、長期的な資金計画において将来の株式発行の必要性が低いことや、上場を維持するコストが年々上昇していることを、上場廃止の理由に挙げるケースも多い。かつては、「東証上場企業」であることが新卒採用のメリットになると考える企業もあったが、自社の実態を分析し、買収される可能性が高い上場企業であり続ける優先度が低下したと判断した企業もあるのだろう。

では、上場廃止を決めた企業にとって、留意すべき事項は何だろうか?一般的には資本市場からの資金調達が難しくなることが挙げられるが、廃止理由に株式発行ニーズが低いことを挙げる企業も多く、銀行や親会社からの借入で調達できるのであれば、特に問題はない。それよりも問題なのは、従業員の企業に対する思い入れ(従業員エンゲージメント)への影響である。

もちろん、非公開化それ自体が従業員エンゲージメントを低下させるわけではない。例えば、非公開化すれば会社の株式を買い占められることはなく、安心して仕事に集中できるケースもあるだろう。また、従業員エンゲージメントでは、働きやすさや会社のビジョン等への共感が質問項目にあるが、これらに上場の有無はあまり関係ないように思える。

他方、やりがいや待遇の項目にはマイナスになるのではないか。社債等の有価証券を発行しておらず、有価証券報告書の提出が義務付けられていない企業であれば、業績や財務状態の情報が不足する。自分(自部署)の仕事が利益にどの程度貢献しているのか、会社の経営状態は競合他社に比べて良いか等の分析はできなくなる。日本は国際的にみて従業員エンゲージメントが低く、それが離職率の高さや生産性の低さにつながっているとの指摘がある。上場廃止する企業には、財務データの開示が少なくなる分、これまで以上に透明性や納得感の高い人事評価体系を構築することが望まれよう。

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中村 昌宏
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 中村 昌宏