のれん償却について改めて正面から議論してみる必要がないか
2024年11月01日
企業買収の際に生じるのれん(買収価額と買収対象企業の(時価評価ベースの)純資産額との差額)は、日本の会計基準では、20年以内の期間にわたって、毎期、規則的に償却することが求められるが、国際会計基準や米国会計基準では非償却とされる。この基準の差異の問題は、2010年代初に国際会計基準を日本で(企業による任意適用にとどまらず)強制適用することの是非が議論された際にも重要な論点となった。当時、産業界などからは、まず国際会計基準の問題点の改善を求めることなしに強制適用するのはあまりに拙速との主張がなされた。その際、のれんを非償却としていることは国際会計基準の主要な問題点の一つとして位置付けられた。
これを受けて、規則的に償却することの正当性を主張するための理論武装が国内関係者により行われ、国際会計基準を策定する国際会計基準審議会に対し一致して見直しを要望していくこととされた。国際的にも、企業買収が増加し、バランスシートに多額ののれんが計上される状況には懸念の声があり、のれんの問題は、同審議会の検討事項として取り上げられることとなった。しかし、最終的に非償却は維持され、見直しには至らなかった。
金融庁の「2024事務年度金融行政方針」(2024年8月)では、スタートアップの M&A を促進する観点から、「のれん非償却を内容とする国際会計基準(IFRS33)の任意適用の拡大に向けたさらなる対応を検討する」ことに加えて、「のれん非償却を含めた財務報告のあり方を検討する」方針が示された。これは、規則的な償却が企業の毎期の営業利益を押し下げ、スタートアップ企業などによるM&Aの阻害要因になるとの声を受けたものと考えられる。しかし、「方針」では、さらに、「これに関し、東証等とも連携し、決算短信において、経営管理上重要視している指標を業績報告として用いる実務の浸透を図る」と記述されている。「財務報告のあり方」の検討は、必ずしものれんの会計処理方法そのものを検討するとの趣旨ではなく、のれん償却の影響を受けないEBITDAやのれん償却前利益などの業績指標の情報開示を促進することに主眼があるようにもみえる。
そもそも、のれんの問題は単にスタートアップ支援の観点だけから論じられるべき問題ではない。これまでの経緯は経緯として、結果的に国際会計基準や米国基準と日本基準との間で乖離が残った状況を、日本がこれまで進めてきた会計基準の国際的な収れんの観点からどう考えるのか。近年、多くの日本企業が企業買収を経験し、また、国際会計基準を任意適用する日本企業も増加している中で、産業界の従来のスタンスに変化はないのか。一方で、のれんを非償却とした場合、のれんが減価した際の減損処理がこれまで以上に重要となると考えられるが、その適正は確保できるのか。のれんを非償却とすることが、結果として(会計上、その計上が認められていない)自己創設のれんの計上を行っていることにならないかとの会計理論上の論点もある(※1)。結論がどうなるかは占い難いが、のれんの問題について正面から議論をしてみるべき時期が来ていることは間違いないように思われる。
(※1)のれんを企業買収から生じる将来の超過利潤の期待として捉えれば、毎期、超過利潤の実現とともに減価していくとするのが自然とも考えられる。この考え方に立てば、仮に企業の努力によりのれんの価値が維持されているとしても、それは企業が新たにのれんを自己創設して減価を補っているに過ぎないことになる。この点についての詳細は、斎藤静樹『企業会計入門』(2014年、有斐閣)209-211頁。
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専務理事 池田 唯一