在職老齢年金について考える

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2024年09月09日

  • 調査本部 常務執行役員 リサーチ担当 鈴木 準

2025年の通常国会に年金制度を見直す法案が提出される見通しである。既にいくつかの論点が明らかにされているが、その一つに65歳以上の在職老齢年金制度(在老)の見直しがある。この制度は、原則的な支給開始年齢である65歳を迎えて以降に年金を受給しながら働く場合、賃金収入と年金の合計が一定額を超えると報酬比例年金の一部または全額が支給されなくなる仕組みである。

賃金が2単位増えると年金が1単位減る設計になっているとはいえ、年金を減らされるくらいなら働かない、という選択をする人はいるだろう。年金を受給するのは「老齢」という事実に基づく権利であり財産だと考えれば、定年後も働いて社会に貢献し続けた上に年金も削られるというのはおかしな話である。制度が就労のディスインセンティブになっている典型であり、在老は廃止すべきとの声がきかれている。

他方、年金は労働所得が得られなくなったことを事由に給付される「保険」であることを重視すれば、それなりの賃金収入が得られている間は受給を制限することに一定の合理性がある。元来、在老は働いていても部分的に受け取れる年金として1965年に導入されたものだ。身体的な衰えがない、生き生きと働けている恵まれた高齢者にまで年金が払われることへの違和感もある。さらに、長期的な財政均衡が前提とされているため、もし在老を廃止して今は払っていない年金を払うことになれば、将来の年金水準がその分下がる。

在老の見直しは今の受給者だけでなく、将来世代にも影響が及ぶ。どうするか最終的には民主主義で決めることになるが、国会等で議論するための前提として、在老が高齢者就労をどのくらい阻害しているのか確認する必要がある。働くかどうかは個人の自由だが、年金が減ることを理由に働かないという人は、はたしてどのくらいいるのか。2022年度末で、65歳以上の50万人が年金の一部または全額の支給を停止されながらも働いている。

働く意欲と機会があるうちはできる限り就労を続けて賃金収入を得つつ、一方で生涯に受け取る年金をできるだけ多くしてその合計を最大化させるのが望ましい。年金の受給開始時期を繰り下げると年金額が終身で上乗せされるから(1か月当たり0.7%の加算、70歳から受給すれば毎月の年金は1.42倍)、健康を保ち寿命を延ばす工夫をしながら受給開始を後ずれさせるのが有力な方策である。

ここで問題は、繰り下げ受給した場合に加算の対象とされるのは、繰り下げ待機期間中に請求すれば受給できた額にとどまり、在老による停止部分は加算対象にならないということである。未来のことは誰もわからず、ならば働くのはほどほどにして、少しでも早く受給を開始するという人がいても不思議ではない。そこで、いっそのこと、年金を受給せずに繰り下げた場合の加算は、在老による停止部分も対象にしてしまったらどうか。

少々大胆な提案で実際には丁寧な検討が必要だが、70歳現役社会を実現するためには、健康が維持されている60歳代後半層が制度からのバイアスを受けずに思う存分働けるようにしなければならない。いわば受給を繰り下げた期間に限った在老の実質的な廃止である。現行の在老をさしあたって維持すれば(人手不足で賃金は上昇傾向にあるのだから、場合によっては支給停止となる基準額をむしろ引き下げれば)、将来世代の年金が下がるという悪影響も多少は緩和できるだろう。

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鈴木 準
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