国民一人一人の持続的な所得向上のために
2024年08月30日
2024年6月に物価変動を考慮した実質賃金が、2022年3月以来、初めて前年を上回った。8月6日に厚生労働省から発表された「毎月勤労統計調査 令和6年6月分結果速報」では、現金給与総額をもとにした実質賃金(実質賃金指数(令和2年平均=100))は、前年同月比1.1%増と27か月ぶりに前年を上回った。これまで名目賃金の増加は物価の上昇には追いついておらず、労働者は賃上げの恩恵を十分に得られていなかった。しかし、その問題が解消し始めたと言えよう。6月は名目賃金も高い伸びを示し、就業形態計(一般労働者とパートタイム労働者)の現金給与総額(※1)は498,884円と前年比4.5%の増加となった。30か月連続プラスを維持している。この総額の大部分を占める「きまって支給する給与」(=賞与等を除く基本給、家族手当、超過労働手当等の「定期給与」)は、284,342円の同2.3%増加と29 年6か月ぶりの高い伸びとなった。うち一般労働者は664,455円の同4.9%増、パートタイム労働者は121,669円の同5.7%増となった。
このように全国ベースの統計では実質賃金がこの6月に上昇に転じたものの、地域別に細かくみれば、居住地域によって、各労働者の肌感覚には差があろう。自由に居住地域を選択できるとはいえ、職場と居住地を変えることはそう簡単ではなく、労働者一人一人が努力して、賃金を上昇させるには限界があると思われる。このため、地域の住民の賃金を含む所得向上のために取り組んでいる地方自治体の政策が、この肌感覚の差を埋める一つの鍵となる。しかし、各地域の「地方創生」などの地方活性化政策が地域経済の活性化、地域住民の一人一人の所得向上に結び付いていないケースがみられるとの指摘がある。例えば、「観光振興が成功して、観光客で賑わっているにも関わらず、地域の住民の所得が低い」、「先端技術の企業誘致に成功して、順調に操業しているにも関わらず、地域の企業や住民の所得が低い」、「多額の補助金・交付金等によって公的な資金が地域に流入して、住民の所得が高いにも関わらず、企業が育たず、地域の生産力が低い」などが挙げられている(※2)。
この背景には、各地方自治体の「稼ぐ力」の強化策が、地域内の「所得の循環」を生み出し(=地域経済循環構造)、それが住民の所得向上につながっていないことがある。このため、政府は「地域経済循環構造」に地域経済を再構築する必要があるとして、2015年4月21日より、「地域経済分析システム(RESAS(リーサス))」の運用を開始した 。RESASは、産業構造や人口動態、人の流れなどに関する官民のいわゆるビッグデータを集約し、可視化を試みるシステムである。現在ではRESASを地域の産業政策に活用している地方自治体が増加している。
ただし、実際には、地域経済循環構造が、好循環となっている地方自治体と悪循環となっている地方自治体が存在する。この格差を各地方自治体が認識し、それを生み出している課題解決に向けて地道な努力を継続していくことが、地域住民一人一人、ひいては国民一人一人の所得向上の持続性を維持するために重要であろう。中長期的には、企業努力による賃金上昇には限界があるため、このような地方自治体の取り組みをこれまで以上に促進することが必要ではないか。
(※1)賃金、給与、手当、賞与その他の名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に通貨で支払うもので、所得税、社会保険料、組合費等を差し引く前の金額である。
(※2)日本政策投資銀行グループ株式会社価値総合研究所「地域経済循環図でお金の流れを『見える化』しよう」2021年8月26日
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金融調査部
主席研究員 内野 逸勢
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