年金積立金「100兆円上振れ」で所得代替率は57.4%に?
2024年06月19日
2024年は公的年金にとって重要な年である。年金制度の持続可能性をみる「財政の現況及び見通し」(いわゆる「財政検証」)が政府によって実施されるからだ。財政検証は「公的年金の定期健康診断」とも呼ばれ、少なくとも5年に1度行われることが法律で定められている。制度がおおむね100年後も維持可能かについて、様々な前提の下で試算される。
その結果は今夏に示される予定であるが、大和総研の独自モデルで簡便に試算したところ、前回より年金財政が改善する姿が示された。注目される「モデル年金」の「所得代替率」(※1)は57.4%と試算され(厚生労働省の「年金財政における経済前提に関する専門委員会」が提示する物価上昇率2.0%、実質賃金上昇率1.5%の「長期安定ケース」の場合)、前回の政府の代表的な試算といわれるケースⅢの50.8%から6.6%ptも押し上げられる。
これは、年金積立金の運用実績、将来の経済前提の変更、制度変更等に伴う被保険者数の変化、などを反映したためだ(図表)。
まず、このところの円安・株高による年金積立金の上振れがある。筆者の推計によれば、2023年度末の積立金残高は320兆円程度になっている可能性がある。前回の財政検証(ケースⅢ、以下同じ)では2023年度末の残高は221兆円程度とされたので、約100兆円の上振れだ。今回の所得代替率の上昇幅6.6%ptのうち3.8%ptは、この積立金の上振れが寄与している。
ただし、大和総研の独自モデルによる試算では、積立金の平滑化を行っていないことに注意が必要だ。平滑化とは、各年度の運用成績と平均的な運用成績の差額を5年かけて積立金に反映するものだ。近年の運用は好成績だったため、それを平滑化すると積立金残高は減少する。財政検証では平滑化が行われ、少ない積立金残高を基に試算される予定だ。そのため、所得代替率も筆者の試算ほどは押し上げられない可能性がある。
次に、経済前提の違いがある。今夏の財政検証で用いられる経済前提は4つあるが、そのうち政府が目標とする経済の姿に近いのは、「長期安定ケース」だろう。物価上昇率が2.0%、実質賃金上昇率が1.5%とされており、いずれも前回の財政検証の前提(それぞれ1.2%と1.1%)より高い。背景には、5年前と比べて実際の物価上昇率が高まったことがあろう。
さらに、被保険者数が異なる。公的年金の適用拡大や、女性や高齢者の労働参加により、被保険者数は前回の財政検証の想定よりも国民年金では12万人少なく、厚生年金では181万人多い(2022年度時点)。このことは、国民年金積立金の負担軽減や、保険料収入の増加などを通じて、年金制度の持続可能性を向上させる。
このように、積立金の変化、経済前提の変化、被保険者数の変化によって、公的年金の持続可能性は5年前に政府が想定していた状況より高まったといえるだろう。
(※1)「モデル年金」の「所得代替率」とは、夫が平均賃金で40年間働いた会社員、妻が40年間第3号被保険者(専業主婦)である世帯が受給する新規裁定時(受給開始時)の年金の受給額と、現役世代の平均手取り収入額との比率を指す。
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- 執筆者紹介
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経済調査部
シニアエコノミスト 末吉 孝行
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