生成AIは「当意即妙」と「杓子定規」の掛け合わせ?
2024年05月31日
当意即妙と臨機応変は似て非なるものだ。当意即妙は、意を得ることが即ち妙(不思議なくらい優れている)と読むことができる。その意味は、さまざまな状況に出くわしたときに、即興で非常に気の利いた言動ができることとなろう。それに対し、臨機応変は、機に臨み、変に応ずと読むことができる。これを解釈すれば、さまざまな機会や危機に自ら対峙(たいじ)し、環境の変化に応じて適切な手段を講じ、機会を生かす、危機に対応するという意味となる。まとめれば、当意即妙の本質は、「気の利いた言動」という瞬間的な対応であり、臨機応変は時間をかけた考察や経験に即して「適切な手段を講じる」という対応となる。
この両者の違いを踏まえた上で、気になることがある。国会議員の国会での答弁において、時間をかけて適切な処置を施さなければならない政策課題に、当意即妙に対応することが最近あまりにも目立つ。当意即妙が悪いといっているわけではない。ただし、主張する政策課題の本質まで時間をかけて深掘りできず、瞬間的な気の利いた言動で済ませるという表面だけの対応にとどまるものが多いと感じる。それを受けて、追及する側である国会議員、あるいはそれを報道するメディアも質問が当意即妙となり、うわべだけの質疑応答となる。加えて、このような当意即妙を良しとする風潮も強まっているようだ。
当意即妙と臨機応変の共通の特性である「置かれる状況・変化への機敏・適切な対応」の反義語が、杓子(しゃくし)定規である。杓子定規とは、融通の利かない画一的な対応との意味となる。実は前記の国会議員の答弁において、こちらも簡単に思い浮かぶ光景である。このように、当意即妙と杓子定規の政治家の答弁が目立つ。このため、例えば、最も重要な政策議論において、問題解決の本質に迫るような臨機応変にたどり着かないことが多くなっている。
ところで、生成AIは、瞬時に無数のデータを組み合わせて、瞬時に課題に対する答えを形にしているので、当意即妙の特性を持つと考えることができる。その半面、アルゴリズムを活用して画一的に質問に対応していくため、杓子定規という特性を併せ持っているともいえる。とすれば臨機応変の特性はなく、課題解決のための本質的な対応と適切な処理には結び付いていないのが、現在の生成AIといえよう。課題解決過程では、生成AIのデータを大量に処理できる瞬発力が必要であるケースもあろうが、人間が真摯(しんし)かつ着実に問題に取り組むことが、臨機応変による変化に応じた適切な処置を施すことにつながるのでなかろうか。
ただし、人間の脳が、この処理能力が速くなると同時にますます正確になる生成AIに慣れ、依存度が高まってきた場合にどうなるのであろうか。人間の脳は、生成AIが出してきた答えを解釈せずに共感し、本質を見抜く力を失っている可能性がある。そうなると、臨機応変という言葉自体が意味を失うこととなろう。人間の脳は、行間を読まずに、生成AIが表現している“ママ”をただ受け取る“受信機”と同じ機能しか持たなくなる。生成AIが出した“答え”らしきものを、解釈しないまま、そのまま表現することとなるため、コミュニケーションは必然的にうわべだけとなろう。高速処理力、瞬発力だけが優先され、正しく考える時間が限りなく少なくなってくる社会は必要なのだろうかと、考えさせられてしまう。このような社会にならないために、人間の脳が、“臨機応変型”を維持できるような社会の仕組みが必要であろう。
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金融調査部
主席研究員 内野 逸勢
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