中国で何が起きようとしているのか

~海南自由貿易港における壮大な実験の始まり~

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2024年05月17日

  • マネジメントコンサルティング部 主任コンサルタント 張 暁光

目下、日本のメディアや学術界が中国を話題に論じる際には、往々にして「中国で何が起きているのか」などの見出しで、中国の当面の政治・経済分野の諸問題を取り上げている。経済成長の鈍化、不動産危機、消費低迷とデフレ定着、新卒の就職難等の詳細な分析・説明を行い、数十年にわたる中国の高度成長が終わりを迎えていることを示唆するものもある。

一方、中国国内の世論や社会の関心は、今後「中国で何が起きようとしているのか」にあり、中国の将来や国家統治構造に大きな影響を与え得る要素に注目が集まっている。代表的な話題の一つに、中国海南自由貿易港(以下“HFTP”と呼ぶ)の壮大な実験がある。1979年~2020年にかけて中国における経済・社会発展の第1ステージが終了を迎えた今、従前の小規模な“経済特区式”実験・開発モデルではなく、大規模な地方自治体単位の“新経済体による先行創出式” 実験・開発により、これから始まる第2ステージの発展を目指す必要があることが背景にある。そのため、HFTPの開発動向及び成功の行方は、中国社会が多大な関心と期待を寄せている。

海南自由貿易港開発戦略の形成と推進:

2018年4月、国務院が「海南全面改革開放を支持する指導意見」を公表、続いて2020年6月に「海南自由貿易港建設マスタープラン」を公示した。2021年6月には全人代により「中華人民共和国海南自由貿易港法」(以下“自由貿易港法”と呼ぶ)が公布された。これらの政策と法律を基軸に、数年間にわたり、海南自由貿易港建設に照準する貿易・投資・税務・人材導入・物流・金融・先端医療と健康などの分野において、コア60項、総数で約800項の法規・行政令が公布され、中国海南自由貿易港構築に資する政策体系が形成されている。

加えて、港湾施設・道路交通などのインフラの整備を通して、中国海南自由貿易港がソフト・ハードの面における体系構築が大詰めを迎え、2025年より正式に海南省の全域(約352万ha)を自由貿易港(FTP)として、これまでなかった貿易・投資・越境資金移動・人員移動・物流運輸・データの安全移動の利便化を目指す。推進スケジュールの大枠は、2018年~2025年には“封関”(内陸部と隔離)までの制度構築とインフラ整備が実施され、2025年~2035年にはテスト運営が始まり、基本枠組と土台の確立を経て、2035年~2050年頃には完成する方向となっている。

海南自由貿易港開発推進の戦略的な意義:

HFTPの開発ビジョンは、香港・シンガポール・ドバイを参照しながら、第2ステージの中国経済・社会発展の推進実験台として位置付けており、戦略的な意義を持つ。中国は、第1ステージでは奇跡的な経済成長を果たし、十数億人口の生活水準の抜本的な改善を実現した。しかし、その後は世界的な経済環境の変化と国内の構造問題の累積により、中国経済は多くの問題に直面している。中国の経済成長は輸出と投資への長年にわたる依存の影響で、消費とイノベーションの推進力が弱ってしまった。また、人口ボーナスは徐々に縮小し、労働力供給の減少・少子高齢化は、中国の産業構造・消費市場・社会保障に大きな試練をもたらしている。併せて、環境と資源も軽視できない。急速な経済発展は、環境破壊と資源利用の非効率化をもたらし、大気汚染・土壌汚染などは国の持続可能な発展を脅かしている。

上記のような諸課題を効果的に解決し、持続的な発展を迎えるために、従来の規模の拡大を優先とする経済社会開発モデルを転換し、効率と公平の均衡実現を目指すものとして、HFTPにおける壮大な実験の行方を見守りたい。

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張 暁光
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