グローバルリスクをどうみるか ~想定よりも早い“ラスボス”の登場~

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2024年03月25日

前回(2023年12月)のコラムでは 、2024年は世界各地で選挙が予定されており、世界の分断が進む先行き不透明な現状、選挙結果のもたらすインパクトが大きくなるリスクに言及した。この3ヵ月間で、1月の台湾の総統選挙に始まり、インドネシアの大統領選挙(2月)、そしてロシアの大統領選挙(3月)等が実施されたが、これまでのところ、大きなサプライズは生じていない。

一方で、11月に予定されている2024年最大のイベント、米国大統領選挙については、年明けから始まった共和党内の大統領候補者選びが、3月5日のスーパーチューズデーを待たずして事実上決着した(最後まで争っていたヘイリー元国連大使は3月6日、正式に撤退を表明)。これで、共和党はトランプ前大統領が、民主党は現職のバイデン大統領がそれぞれ正式な候補者に選ばれる予定であり、11月の本選は4年前の再現となる。

近年はスーパーチューズデー後まで党内争いがもつれたためにしこりを残し、本選に向けて党内の結束が難しかったケースが多かった。従って、今回の共和党の早期決着はプラスに働くとも考えられるが、世論調査を見る限り、ヘイリー氏の支持者が素直に前大統領に投票するかは疑問だ。また、本来、2期目を目指す現職の場合、党内は無風のはずだが、バイデン大統領の支持率は低く、対トランプ以外に強みがないのが現実である。新鮮味のない再対決に多くの国民が閉塞感を覚えており、別の候補者を渇望する声は燻り続けよう。

想定よりも早いトランプ前大統領の登場を受けて、市場では、“もしトラ”から“ほぼトラ”まで話題になっている。投票日まで7ヵ月以上ある点を踏まえると、“ほぼトラ”はいささか先走り過ぎていようが、史上最高値を更新する株式市場は、逆に、“もしトラ”をあまりにも考慮していないのではないだろうか。2016年の時は、前大統領が何をやるか分からない不安があったが、2024年の今は、彼が何をやったかを知っているが故に恐怖を覚える。

個別の政策の実現性は別にして、トランプ前大統領の主張は、総じてインフレを助長する内容に他ならない。その最たる例が通商政策であり、自らタリフマン(Tariff Man)と名乗る前大統領は、米国が貿易赤字を計上する相手国に再び関税引き上げを突き付けるだろう。特に、中国に対してはこれまで以上に厳しい姿勢で臨んでいる。高関税を回避するために中国企業が第三国、例えばUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)のメキシコで生産し輸出しようとする動きには、前大統領は3月上旬に50%の関税を課す方針を示し、それから1週間も経たないうちに100%を主張する等、エスカレートしている。一貫性がなく、どこまで実行するつもりか不明だが、トランプ1期目の実績を踏まえると、絵空事と全く無視はできない。最悪に備えたくなるのが心情だ。

当然ながら、米国の一方的な制裁に対して中国が黙っているはずもなく、1期目同様に、中国は報復措置を実施するだろう。ただ、トランプ前大統領は、中国の対抗措置を懸念していないとして、仮に中国が報復しても米企業の国内回帰を促せばいいと主張する。このように、高関税は、“米国第一”の一環として、国内回帰や国産への代替を促す政策と解釈できるが、得てして代替品は高くつき、代替できない輸入品には高関税が課せられることから、米国の消費者や企業は高いコストを負担する破目になろう。もっとも、逆のケース、つまり米国が貿易黒字を計上する相手国が同じ政策を米国に対して実施したら、果たして前大統領は許容するだろうか。自分に都合よく解釈し行動するのがこれまでのパターンであり、急に国際協調を重視する人物に生まれ変わるとは想像し難い。

トランプ前大統領の矛先は、海外だけでなく米国内にも向いており、その一つがFRB(米連邦準備制度理事会)である。FRBのインフレ対策に批判的で、1期目の2017年11月に自らが指名したパウエル議長を再任しないと明言する。3月に公表された政策金利見通しでは、FOMC(米連邦公開市場委員会)参加者は2024年に続いて2025-26年も追加利下げを見込んでいるが、当然ながら、インフレ見通しが狂えば金融政策は修正を余儀なくされよう。つまり、前大統領の政策によって、結果的に市場の利下げ期待が裏切られるかもしれない。

“もしトラ”を妄想する際の不透明要因は事欠かない。トランプ前大統領は直面する様々な裁判を先送りしようと必死で、これまでのところ刑事訴訟の日程を遅らせることに成功している。だが、巨額な支払いを命じられた民事訴訟では、裁判継続に必要な保証金の確保に苦労している。不動産業で成功したビジネスマンにもかかわらず、商業用不動産を担保として受け入れてもらえず、最悪、現金調達のために保有する不動産を売却しなければならないと嘆く。折しも、大幅な利上げ等を背景に商業用不動産の価格は下落している。安値売却となれば前大統領にとって泣きっ面に蜂であり、FRBへの批判に一層力が入るだろう。

(※1)近藤智也「“選挙”が、2024年のグローバルリスクの一つであるという皮肉」大和総研コラム(2023年12月25日)

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近藤 智也
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政策調査部

政策調査部長 近藤 智也