「配当方針の変更」から読み取れる「戦略の変化」に注目

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2024年03月15日

今年に入り、配当方針(株主還元方針を含む)を変更する企業が増えている。2月末までに発表した企業数を比較すると、今年は43社と一昨年の11社(年間では89社)、昨年の25社(同204社)を上回っている。東京証券取引所(東証)は昨年3月に上場企業に対して資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を要請し、今年1月にはその対応に関する開示企業の一覧を公表した。これらは上場企業の経営層に影響を与え、企業自身がそれまでの利益の使い道の表現を見直し、分かりやすい説明に変えようとする流れをもたらしたと思われる。

「配当方針」では、利益や純資産に応じた還元比率を採用する傾向が続いている。例えば、TOPIX(東証株価指数)の構成銘柄の中で時価総額や流動性が高いTOPIX500の企業でみると、「配当政策」に株主還元比率を記載している企業の比率は2013年度の4割弱から2022年度には6割弱へと上昇している。今年に入って方針を変更した企業のうち、配当性向、総還元性向、株主資本配当率などの還元比率を新たに設けたり、これらの還元比率の目標値を引き上げたりする企業は8割に達している(各社の有価証券報告書による)。

2023年度の東証上場企業の配当金総額は、過去最高を更新しそうだ。東証の決算短信集計結果によると、上場企業の配当金総額は、この10年間では2020年度を除いて増加しており、2022年度は18兆円と2012年度比で2.7倍になっている。足元は、株主への還元比率が高まることに加え、企業業績が総じて好調なことが、配当増の後押しとなるだろう。

一方、上場企業に対し、株主還元より成長投資への配分を高めることを期待する見方がある。東証の要請の中でも、自社株買いや増配のみの対応や、一過性の対応を上場企業に期待するものではないと述べられている。今年の開示の中には、事例数は少ないが、事業規模の拡大や事業の効率化等に向けた攻めの投資の資金創出のため、還元比率の目標値を引き下げる企業が現れている。また、当期純利益に比べて変動の小さい株主資本を還元額の基準とする方針に切り替えたり追加したりする企業もある。今後は「自社の事業特性にあった方針への変更」と「業績に連動した還元比率採用・還元比率引き上げ」が、新たな傾向になるのではないだろうか。

利益を成長投資に充てるか、借入金を減らして財務バランスを改善させるか、株主に還元するか等のバランスに絶対的な正解はない。企業の成長段階、財務状態、事業特性や外部環境で、各企業が優先する戦略は変わるからだ。ただ、読み手によって解釈が分かれやすい表現が多かった「配当方針」に還元比率が示されたり、これまで設定していた還元比率の目標値が修正されたり、還元比率の対象指標が別の指標に変更されたりすることは、市場参加者とのコミュニケーションにプラスとなる。「配当方針の変更の理由」には、経営層の考え(戦略)の変化が表れるため、今後、注目度はより高まると思われる。

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中村 昌宏
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 中村 昌宏