対中直接投資の激減に思うこと

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2024年03月11日

国際収支統計(国家外為管理局)によると、2023年の中国へのネットの対内直接投資(流入から撤退などの流出を差し引いたもの)は前年比81.7%減の330億ドルとなった。実に30年ぶりの低水準であり、ピークの2021年からは10分の1以下となった。商務部によると、2023年の外資導入金額は1,609億ドルであった。単純な引き算はできないが、「撤退」を含む資金の引き揚げが大規模に行われたことになる。背景は、①米国による追加関税や経済制裁などを契機とした、西側諸国による中国とのデカップリングやデリスキングの動き、②改正反スパイ法の施行など国家安全保障を理由とした中国の規制強化、③中国の経済成長力の低下、などであろう。投資先としての中国の魅力が大きく低下しているのだ。

紙幅の関係で、このコラムでは、上記②についてコメントしたい。2024年3月5日に開幕した第14期全国人民代表大会(全人代=日本の国会に相当)第2回全体会議では、初日に李強首相による政府活動報告が行われた。同報告は10項目の重点活動任務を発表し、6番目に「発展と安全保障をよりよく両立させ、重点分野のリスクを効果的に防止・解消する」ことを掲げた。ここでいう安全保障とは、政治、軍事、領土といった伝統的な安全保障に加え、経済、金融、文化、社会、科学技術、人工知能、情報、データ、サイバー、食糧、資源などを含み、様々な分野で規制が強化されている。中でも2023年7月1日に施行された改正反スパイ法は、中国ビジネスの自由度を大きく制約し、駐在員の安全を脅かすとの懸念が大きい。中国政府は「発展と安全保障」の両立を謳うが、実態は「発展<安全保障」と見做されている。

政府活動報告は対中直接投資について、ネガティブリストの縮小や外資系企業への内国民待遇の徹底などに言及した。しかし、問題はそれではないことは明らかだ。少なくとも企業が安心して経営を続けられる投資環境を再度構築する必要があろう。

一方、中国からのネットの対外直接投資は23.9%増の1,855億ドルとなった。資源獲得やASEANなどへの生産拠点の移転に加え、構想発表後10周年を迎えた「一帯一路」参加国への直接投資が増加した。対内直接投資から対外直接投資を引いた金額は1,525億ドルの流出超である。流出超は2016年の417億ドル以来であり、金額は過去最大となった。

こうした状況が続けば、産業の空洞化が懸念される。(うまくいく保証はないが)だからこその科学技術・イノベーション重視なのだろう。政府活動報告は、10項目の重点活動任務の筆頭に「現代的な産業システムの構築を大いに推進し、新質生産力の発展を加速させる」ことを掲げた。新質生産力とは、2023年9月に習近平総書記が黒龍江省を視察した際に初めて言及した言葉であり、科学技術・イノベーションに基づく先進的な生産力を指す。

さらに、習近平氏の肝いりで始まった一帯一路にも暗雲が立ち込めよう。政府活動報告は一帯一路について、「重要プロジェクトへの協力を推進し、『小さくても素晴らしい』民生プロジェクトを多く実施する」などとした。後半部分については、「一帯一路プロジェクトへの資金供給余力が低下している」と読み替える必要があると思われる。

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齋藤 尚登
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経済調査部

経済調査部長 齋藤 尚登