インフレ経済で変わること、変わらないこと

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2024年03月06日

2024年2月22日の衆議院予算委員会で植田和男・日本銀行総裁は、日本経済について「デフレではなく、インフレの状態にある」との認識を示した。これまでよりも踏み込んだ発言であり、基調的なインフレ率が徐々に高まっていくという見通しの実現に一段と自信を深めている印象だ。

日本経済がデフレを脱し、インフレ経済に移行することは金融政策運営の面で大きな意味を持つ。今後、不況に陥ってゼロ金利制約(名目金利がゼロを下回ることができないことによる金融政策の制約)に直面した場合でも、インフレ率がプラス圏で維持されれば、日本銀行は名目金利からインフレ率を差し引いた実質金利をデフレ期よりも低位に保つことができる。結果として、緩和的な金融環境を醸成することができるため、不況をより早期に抜け出せる可能性が高まるなどメリットが大きい。

また、最近ドイツの名目GDPが日本を逆転したことが話題となっているが、こうした名目的な側面においてもインフレ経済への移行は意味を持つ。逆転された主因は日米金利差拡大などによる大幅な円安でドル建ての名目GDPが減少したことにあるが、長引くデフレ・低インフレによってGDPデフレーターが伸び悩んだことも影響している。インフレの定着で名目成長率を高めることができれば、日本の(名目的な)経済規模の低下を抑制できるだろう。

だが、単にデフレから脱却するだけでは実質的な側面での影響は小さい。当社の試算では、長期的に実現可能な実質GDP成長率は経済がデフレ状態にある場合で年率+0.6%、インフレ状態の場合では同+0.7%程度だ。両者に大きな差はない。インフレ状態とデフレ状態で実質賃金に差が生じないことが背景にある。すなわち、家計の実質購買力は変わらないため、インフレ経済に移行してもそれだけで生活が大きく改善するわけではないということだ。ただし、政策対応によって自然利子率や潜在成長率を引き上げることができれば、年率+1.1%程度の実質GDP成長率を達成可能だと当社ではみている。その結果、実質賃金が上昇し家計の購買力も高まるだろう。

結局、実質的な経済成長率を高めるには、潜在成長率を高める取り組みを進める他ない。これは経済がデフレからインフレの状態に移行しても変わらない課題だ。

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久後 翔太郎
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 久後 翔太郎