アルゼンチン、経済のドル化を進めた場合どうなるのか

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2024年01月19日

2023年12月、アルゼンチンで右派ミレイ大統領が就任した。この先、ミレイ大統領が対峙しなければならない課題は山積みである。IMFは、アルゼンチンの消費者物価上昇率が、2023年は前年比+120%程度にも上ったと推計している。アルゼンチン政府によると、同国の2022年の貧困率(※1)は39%で、国民の多くが厳しい環境に直面していることが分かる。

ミレイ大統領は、このような課題に対して、選挙運動の最中から急進的な政策を提示してきた。その一つが、中央銀行(中銀)廃止と経済のドル化である。これは、国内で使用できる通貨を自国通貨ペソから米ドルに置き換えることで、物価を安定させることと引き換えに、金融政策を放棄することを意味する。実現には大量のドルが必要となるため、ハードルが高いという声も多い。したがって、経済のドル化を進めようとした場合、アルゼンチンペソと米ドルを厳格にペッグする固定相場制を導入することが、最初のステップとして妥当なシナリオとなりそうである。しかし、これがもたらす結末には覚悟が必要である。

アルゼンチンは1992年、ハイパーインフレ対策として1米ドル=1ペソに固定した経験がある。これによって、物価は安定して民間消費が拡大し、直接投資・証券投資が大きく流入した。しかし、事態が急変したのは1999年のブラジルレアルの切り下げと、米ドルの対ユーロ上昇である。これをきっかけに、アルゼンチンペソはレアルとユーロに対し大きく増価したため、輸出産業は大打撃を受けた。固定相場制を採用していたアルゼンチンでは、通貨の切り下げを行うことができず、経常赤字は拡大を続けることとなった。そして2002年、財政赤字の拡大によってソルベンシーへの懸念が高まった同国は、変動相場制へと移行した。その後は、ペソの実質実効レートの低下が交易条件の改善をもたらし、内需拡大にもつながるなどの効果が表れた。しかしそれと同時に、債務の実質的な返済負担の増加や、通貨安の進行を受けたインフレ率の高騰といった、痛みも多大なものであった。

もしこの時、変動相場制に移行せず、固定相場制を維持していたらどうなっていただろうか。アジア通貨危機時に固定相場制を維持した香港を例に取ると、為替レートによる調整ができない分、賃金や物価の低下による「内的減価」を通じて、対外競争力を回復せざるを得なくなった。その結果、香港は長期にわたるデフレを経験したのである。このように、一度固定相場制を採用すると、変動相場制に移行するにせよ、固定相場制を維持するにせよ、通貨危機に直面した際の経済への打撃は大きいものになる。

ミレイ大統領の誕生は、現状に不満を持つ国民が、問題解決の突破口としてこれまでとは異なる政策に共感した結果ともいえる。しかしこれは、国民が中銀の廃止や経済のドル化といった、過激な政策がもたらすリスクを受け入れたことを意味するわけではないだろう。ミレイ大統領もこれを重々理解しており、中銀の廃止や経済のドル化(または厳格な固定相場制の導入)の実施には、慎重な対応を取る可能性が高いのではないだろうか。

(※1)国際基準では、一日当たり2.15ドル、3.65ドル、6.85ドル未満で暮らす人口の割合が主要指標として用いられている。アルゼンチンでは、それぞれ1.0%、2.5%、10.6%(いずれも2021年)であった。これに加え各国政府は、家計調査を基に「日常生活に必要な食料・非食料を購入できる収入」を独自の貧困線として算出している。本文中の数値は、アルゼンチン政府が定めた貧困線を下回る人口の総人口における割合。

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増川 智咲
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 増川 智咲