買収防衛策の問題?ガバナンスの問題?~経済産業省「企業買収における行動指針(案)」を読んで~

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2023年07月31日

金融商品取引法の研究者の甲とその旧友で上場会社の総務部長の乙との対話

甲:2023年6月8日に経済産業省が公表した「企業買収における行動指針(案)」(以下、指針(案))(※1)がとても興味深い。

乙:2005年の買収防衛策の指針(※2)を、近年の司法判断やコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)などを踏まえて見直すのだろう?最近、買収防衛策に対する風当たりが厳しかったからなあ。これで風向きが変わるとよいのだが。

甲:ちょっと待ってくれ、買収防衛策に対する風当たりの強さは、何も買収防衛策の仕組みに欠陥があったからではないだろう。
確かに、資本市場との対話や、買収者や対象会社取締役など利害関係者を除いた株主による決議(いわゆるマジョリティ・オブ・マイノリティ)など、近年の環境変化を踏まえたアップデートが行われてはいる。しかし、その根幹部分は2005年の指針から大きく変わってはいない。
武器そのものではなく、武器を握る者に対する不信感が原因だと思うぞ。

乙:甲は相変わらず禅問答のような言い方をする。要するに、経営陣の保身目的に悪用されることが危惧された、ということだろう。しかし、企業もCGコード対応でガバナンスの強化に取り組んできた。そろそろ信用してくれてもよいと思うのだが。

甲:乙の努力と苦労もあって、わが国の上場会社のガバナンスが、この数年で強化されたのは事実だと思う。しかし、敵対的買収という極限状況で真価を発揮できるのか、その評価はこれからだろう。少なくとも「ガバナンス疲れ」などと言っているようでは、そう簡単に不信感は拭い去れないと思うぞ。

乙:手厳しいな。買収防衛策以外だとすれば、今回の指針(案)のどこが興味深いのだ?

甲:企業買収全般についての指針として整理されていることだ。買収防衛策は、その一部にすぎない。

乙:何が言いたいのか、よくわからない。

甲:敵対的買収の場面では、これを指針(案)では「同意なき買収」と言い換えているが、企業価値、強圧性、情報の透明性、株主意思の確認などが、しばしば論争の的となる。しかし、よく考えれば、これらは敵対的買収に固有の問題ではない。

乙:友好的買収でも問題になり得ると?

甲:そうだ。むしろ、買収者と対象会社の経営陣が結託すれば、より深刻な問題となり得る。

乙:確かに、経営陣が自社を買収するMBOにおける利益相反の問題などはその典型だろうな。

甲:今回の指針(案)は、MBOや支配株主による従属会社の買収を対象とした2019年の「公正なM&Aの在り方に関する指針」(※3)を受け継いでいる面もある。
これらを含む幅広い企業買収において尊重すべき原則として、「企業価値・株主共同の利益の原則」、「株主意思の原則」、「透明性の原則」を提示した上で、買収提案を受けた対象会社の取締役、取締役会がどのように行動すべきかを整理しているのが、今回の指針(案)のキモだ。買収防衛策についても、こうした文脈の中で理解すべきだろう。

乙:なるほど。買収防衛策だけではなく、企業買収全般への対応という広い視野で見る必要がありそうだ。

甲:これまで苦労して築き上げたガバナンス体制が、いざという場面できちんと機能するか、という視点もあるぞ。

乙:おいおい、これ以上、仕事を増やさないでくれよ(笑)。ただ、確かにガバナンスの観点からも今回の指針(案)は重要だろう。「何か対応は考えているか?」と社外取締役から質問されるかもしれない(笑)。

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 横山 淳