防衛力増強を企業経営目線で考える

RSS

2023年04月19日

  • コーポレート・アドバイザリー部 主席コンサルタント 太田 達之助

ロシアによるウクライナ侵攻以降、安全保障に対する脅威が高まっている。北朝鮮はミサイル発射実験を繰り返し、中国の習近平国家主席は台湾統一を目指している。日本を含む東アジア地域の軍事的緊張の高まりは、過去数十年で最高レベルにあるといえる。
ロシア・中国・北朝鮮は予測がつかない行動に出る可能性があり、日本が攻撃や侵略を受けるリスクも無視できなくなってきている。

政府は昨年12月に「防衛力整備計画」を閣議決定し、今後5年間の防衛費の総額を43兆円にするとした。この規模は現行5年計画の約1.6倍で、5年後の防衛費は8.9兆円となる。自民党は最終的に防衛費をNATO(北大西洋条約機構)並みのGDP(国内総生産)比2%水準、すなわち10兆円規模へ引き上げる方針で、それが実現すると、米国と中国に次いで世界第3位の規模となる。

企業経営になぞらえると、大きな事業環境の変化の中で競争力強化に向けた中長期の経営計画を新たに策定したようなものである。そしてその経営計画の柱は、設備投資の倍増だ。
その場合、まず投資家やアナリストの興味・関心は、設備投資の中身に向かう。倍増する設備投資が競争力強化・企業価値向上に直結するか、本当に必要な分野に資金が行き渡るか、収益性の低い分野に費消されないか、が焦点になる。

我が国の防衛を担う自衛隊は、陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊の三つの組織から構成されている。陸・海・空の三自衛隊を一体的に運用するための統括組織として統合幕僚監部が設置されているが、三自衛隊の縦割り意識は強く、防衛予算の配分は極めて硬直的である。
日本が平和を享受してきた間に、長距離精密誘導化・無人化などの軍事技術の発展が戦争形態の変革をもたらし、戦闘領域が宇宙やサイバー、電磁波といった新たな分野にも広がって、「ハイブリッド戦」が展開されるなど戦い方が変容している。

中国では習近平氏の指導の下、人民解放軍(陸軍)30万人の削減と新時代に対応した軍事システムを構築するための改革が進められている。企業経営でも重要な視点である「時代遅れとなった祖業への依存やしがらみからの脱却と成長分野への投資」を推進しているのである。

日本の防衛力増強にあたって、防衛省、自衛隊の装備体系が時代に即しているのか、という検証は必要不可欠だ。例えば、「島国である日本の防衛に戦車は必要か」という議論がある。ロシアとウクライナのように国境が陸続きであれば、戦車部隊による侵略が有効といえるが、国土のすべてを海洋に囲まれている日本に大規模な敵が揚陸してくる可能性は極めて低いと現在の防衛大綱も指摘している。19世紀・20世紀的発想の軍備に固執するのはいかがなものかと思われる。
人員構成にもメスを入れるべきであろう。過去数十年にわたって自衛官の構成比は「陸」が約60%で「海」と「空」がそれぞれ約20%となっている。軍事技術の発展・進化に対応する形で、例えば戦車部隊からサイバー分野等へ人員をシフトするための「リスキリング」が求められることになる。

日本の1人当たりGDPは先進7か国中最低水準(※1)で、対GDP比債務残高は先進7か国中最高水準だ。防衛力増強のための増税や国債発行は、国の活力低下をもたらすことになる。防衛力増強イコール防衛予算増額という発想を改めて、時代に即した真の防衛力増強につながる賢い方法を模索すべきではないだろうか。

(※1)2022年の一人当たりの購買力平価GDPランキング(出所:IMF WORLD ECONOMIC OUTLOOK DATABASES)

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

太田 達之助
執筆者紹介

コーポレート・アドバイザリー部

主席コンサルタント 太田 達之助