日本銀行が直面する金融政策のトレードオフ

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2023年03月01日

次期日本銀行総裁候補である植田和男氏への所信聴取が2月下旬に衆参両院で行われた。今後の金融政策運営を占ううえで発言内容が大いに注目されたが、植田氏は現在の金融政策が適切であると評価しつつ、将来的に金融政策の検証を行う可能性を否定しなかった。

検証が行われる場合、とりわけ長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の効果と弊害をどう評価するかが注目される。すでに金融市場の機能低下が指摘されているが、低金利環境の長期化が経済全体の成長力を低下させたり、財政規律を弛緩させたりするという弊害にも目配りする必要がある。

金利が低下すると企業の借入コストの減少を通じて設備投資が増加するなど、短期的には好影響が期待できる。しかし、低金利環境が長期化すると、生産性の低い企業が温存されて産業の新陳代謝が低下し、経済成長に悪影響をもたらす可能性がある。結果として、低成長から抜け出せず、低金利が続くという悪循環が発生する。

また、低金利下では国債の利払い負担が軽くなるため、政府の財政運営は拡張的になりやすい。拡張的な財政政策は短期的には景気を下支えする一方、その結果として積み上がる政府債務は長期的には経済成長率を低下させ得る。

これら2つの課題は、金融政策による短期的な景気拡張と中長期的な経済成長の間にトレードオフの関係がある可能性を示唆している。金融緩和が短期的に景気を下支えしても、長期間継続すると経済成長を停滞させかねない。他国とは異なり日本では、過去四半世紀の大半の期間が緩和的な金融環境であったことを踏まえると、中長期的な経済成長の停滞というメカニズムはとりわけ日本で働きやすいだろう。

新執行部の下で今後想定されるシナリオの1つとして、日銀が中長期的な経済成長にも配慮した政策運営に転換することが考えられる。具体的には、2%の物価安定目標の達成が視野に入る前にイールドカーブ・コントロールから短期金利操作へと段階的に移行し、緩和的な金融環境を維持しつつ長期金利の正常化を目指すものである。短期的な景気への悪影響に配慮しつつ、中長期的な経済成長の両立を図るという考えだ。

しかし、このシナリオを実現するのは容易ではない。長期金利の緩やかな上昇を混乱なく市場に織り込ませることのできる高いコミュニケーション能力が新総裁には求められる。新総裁は綻びが見られる大規模緩和策の立て直しを図りつつ、物価安定目標の達成と金融政策の正常化を目指すという難しい舵取りを迫られるだろう。

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久後 翔太郎
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 久後 翔太郎