適時開示の充実とは?
2023年01月23日
甲(金融商品取引法の研究者): 昨年12月の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(DWG)報告で「適時開示の充実」が提言された。
乙(IRの実務家): いい事じゃないか。ついでに四半期開示の任意化も一緒に検討してもらえると、上場会社としてはありがたいだろう。
甲: その考えには反対だが、四半期開示の話はいったん脇に置こう。
そもそも適時開示は、金融商品取引法に基づく各種の開示制度がカバーしきれない重要な情報を、投資者に「直接に、広く、かつ、タイムリーに」(※1)伝達する仕組みのはずだ。それを「充実」ということの意味がわからない。
乙: 甲の発言の意味もわからない(笑)。要するに新型コロナウイルス感染症やウクライナ情勢の影響に関する情報が十分に開示されていないから制度を「充実」させよう、という話だろう。
甲: ちょっと待ってくれ。今でも、例えば、一定の業績等の変動は適時開示の対象だ。仮に、パンデミックや戦争で業績等の大きな変動が予想されるにもかかわらず開示をしていないとすれば、それは制度の不備ではなく、規則違反ということになる。
この場合、必要なのは制度の充実ではない。取締りの強化だ。
乙: 甲の言いたいことがわかってきたぞ。
ただ、これまで適時開示の要否は、開示対象として規則に列挙されている事実に該当するか、その規模などが一定の基準に達しているか、から判断してきた。良い悪いは別にして、それが現実だった。しかし、それでは想定外の事象に対応できないから、ルールを見直すという以上、やはり適時開示の充実だと思うが…
甲: 確かにDWG報告も「細則主義から原則主義への見直し、包括条項における軽微基準の見直し」(※2)を掲げてはいる。しかし、今でも「その他上場会社の運営、業務若しくは財産又は当該上場株券等に関する重要な事実」(※3)という包括条項がある以上、開示対象は列挙されている事実に限られない。その意味では、原則主義は採用されている。
軽微基準についても、東京証券取引所は「基準上は軽微となる場合でも、諸般の状況に照らして重要性があると考えられる場合」(※4)は開示するように求めている。つまり、免罪符ではないはずだ。
乙: なるほど。一方で、個別事実の列挙のない完全な原則主義に転換し、軽微基準も廃止する大改正となれば、上場会社の開示実務は大幅な見直しが迫られる。
甲: 原則主義で、かつ、軽微基準を排したフェア・ディスクロージャー・ルールの導入時のことが思い出される。加えて、エンフォースメントも課題だ。
乙: エンフォースメント?それこそ適時開示を怠れば、今でも取引所から処分されるだろう?
甲: ルール上はその通りだ。しかし、虚偽の開示はともかく、必要な開示を行っていない上場会社をどうやって見つけるのだ?しかも、原則主義の下、あらゆる事象が開示対象になり得る中での話だ。
私見だが、原則主義による適時開示が有効に機能するためには、上場会社が「開示するリスク」よりも「開示しないリスク」を重視するようになる必要がある。
乙: 「開示するリスク」は、自社に不都合な事実を公表したことで世間やメディアの批判を受けたり、ライバルを利したり、といったことだな。「開示しないリスク」は何がある?
甲: 典型的には、必要なタイミングで情報が開示されていなかったとして、株主から訴えられるリスクや、市場から退出を促されるリスクが考えられるだろう。
乙: 株主による規律づけと、市場による規律づけだな。特に、市場による規律づけは、しっかりと機能してもらいたいところだ。
(※1)東京証券取引所上場部編『東京証券取引所 会社情報適時開示ガイドブック(2022年4月版)』25頁
(※2)「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告」(令和4(2022)年12月27日)5頁
(※3)東京証券取引所上場部編『東京証券取引所会社情報適時開示ガイドブック(2022年4月版)』248頁
(※4)同上
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