「ワールドカップ」の歓喜と「シンドラーのリスト」の恐怖が共存するロシアの異常
2022年12月09日
ロシア国内ではウクライナ侵攻を巡る発言に関し、動員令が発令された9月23日の前後では、状況が大きく変化している。特にモスクワ市内では言論統制が進んでおり、知識人への弾圧がさらに強まっているとのことだ。“特別軍事作戦(Special military operation)“という言葉を使わずに、“戦争(War)“という言葉を使っただけでも、即投獄の危険があるという。些細な発言でも政権批判と受け止められ、検挙された際には、前線に送られるか、10年以上の刑期で投獄されるかという恐怖が待っている。旧知のロシア人曰く、魔女狩りを彷彿させる状況が頻発し、まるで中世に戻ったようとのことだ。ジャーナリストや作家はもちろん、大学教授、シンクタンクなどの研究者なども厳しい取り締まりの対象になりつつある。
無論、身の危険を顧みず、勇気を出して状況を変えようとしているロシア人も少なくない。知識層を中心に、祖国を捨てるという苦渋の決断をせざるを得ない人も増えてはいるが、命からがら近隣の欧州諸国へ避難できた人は幸運な少数派であり、多くのロシア人が長期ビザや市民権を獲得できず、結局は海外に移住することができない。ビザの発給が生死を分けると言っても過言ではないこの状況に、映画「シンドラーのリスト」を思い出した。一方的に侵攻に踏み切ったロシアから海外避難するというロシアの知識人が置かれている状況は、ユダヤ人を強制収容所行きから救うという映画と全く異なるとは言え、戦死者が増えているという報道を目にするたびに、動員され戦場へ赴く旧知のロシア人識者の安否が危惧される。平和教育を受けて育った筆者には、戦争の苦悩をリアルタイムで目にすることなどまるで予想できなかったが、これも運命と思い、日々ロンドンでできることを淡々とこなしている。
なお言論統制が厳しいロシアであるが、サッカーワールドカップカタール大会は、モスクワでは全試合がテレビで生中継されている。日本がドイツおよびスペイン代表に勝利した試合は、相当の驚きを持って大きく伝えられたそうだ。ちなみに国際サッカー連盟(FIFA)は、ワールドカップにおいて、ピッチやスタンドでのあらゆる政治的なメッセージの発信を禁止するなど、サッカーに政治を介入させない方針を徹底している。そのため今回、FIFAの決定によってロシアが同大会の参加を禁じられたのは異例の措置であった。1938年にはナチス政権下のドイツや1950年代には植民地と独立戦争にあったフランスの参加も認められ、軍事独裁下にあったアルゼンチンは1978年の大会の開催国となっており、いかに今回のロシア参加禁止が珍しいことかが分かる。FIFAが過去にサッカーより政治を優先したのは、アパルトヘイト中の南アフリカやローデシアの参加禁止ぐらいである。
また、FIFAのインファンティーノ会長は、11月にインドネシアで開催されたG20に際し、世界の指導者たちに、ワールドカップ期間中は停戦するよう呼びかけた。ただロシア・ウクライナ双方とも、いかなる休戦も再軍備に使われるだけでなんらメリットがない、とこの要請には応じず、大会期間中の今も激しい戦闘が続いている。今回の戦争の結末がどのようになるかは誰にも分からないが、ノンポリのはずのFIFAの異例の思いは届かず、長期化というシナリオが現実味を帯びていることは確かだ。
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