浄化槽の海外展開にリバース・イノベーションの視点を

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2022年11月11日

  • 南 玲子

浄化槽とは、微生物の働きによって生活排水を処理する設備である。下水道による集合処理に対し、住戸、建物単位で処理する分散型処理設備として日本で開発されたもので、小さな下水処理場と称されるほど処理性能が高い。

国内市場が縮小に向かう中、日本の浄化槽業界は従来から海外市場開拓に取り組んでいる。現在、世界49か国に大小合わせ37,255基の日本の浄化槽が設置されているが 、ビジネスとして成立するには規模が不足している。業界の中には、日本政府が相手国政府に働きかけることによって市場開拓が有利に進むとの期待もある。日本政府は浄化槽を官民一体で推進すべき経済インフラの一つと位置付け、「インフラシステム海外展開戦略」の対象分野に挙げており、環境省は主にアジア新興国との間で浄化槽の情報提供を行ってきた。しかしながら、官民一体の取り組みが大量受注につながった実績はほとんどない。

その理由の一つは、浄化槽が持つ特性にあると考える。生活排水処理設備は静脈系インフラであり新興国政府にとって必ずしも優先度が高くない。次に、排出源である国民にニーズがない。ニーズとは詰まるところ「欲しい」か「必要か」であろう。アジア新興国では簡易な処理設備を伴ったトイレが普及しているため公衆衛生の問題とはならない。上水道の利用や飲料水購入が可能であれば河川等の汚染による健康や生活への影響も軽微だ。一方、「必要」なものとするには規制を課すことが基本だが、アジア新興国では未整備であるか、あっても過度に厳しいため結局守られていない。分散型であることがさらに普及を難しくしている。新興国へのインフラ展開にはODAの活用が有効とされるが、分散型という位置付けから必然的に浄化槽は小規模であり、裨益の範囲が限定的であるためODAの対象となりにくい。私有物である住宅が設置場所となる場合はさらに困難である。従って、浄化槽については官民一体の働きかけが有効でない可能性がある。

改めて、市場ニーズを基に「製品」を考えることが必要かもしれない。目新しい語ではないが、リバース・イノベーションの視点を取り入れてはどうか。既存の製品をベースに改良するのではなく、現地で求められる機能や仕様と購買力に見合った価格の製品を開発することである。機能や性能を低くすれば浄化槽の価値が低下し浄化槽のブランドイメージを損なうとの懸念が生じるかもしれない。しかし、目的は浄化槽という製品を売ることではなく、浄化槽の経験に裏付けられた日本企業の技術力で新興国のニーズを満たし、市場を獲得していくことではないだろうか。

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