ドルコスト平均法の利点とは

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2022年10月20日

  • 理事 望月 衛

行動ファイナンスの本を読んでいると、厳密に最適であるよりも概ね正しい内容のほうが、アイディアとして生き残りやすいのだと感じることがある。たとえばドルコスト平均法がそうだ。

日本証券業協会の「中間層の資産所得拡大に向けて~資産所得倍増プランへの提言~」(日本証券業協会、令和4年7月20日)の中に、ドルコスト平均法に言及する部分を見つけた。次のような内容だ。

  • ドルコスト平均法とは、毎回、同じ金額で継続して買い付ける投資手法。
  • 日経平均株価、TOPIXは未だにバブルのピーク時(1989年12月末時点)の水準まで回復していない。そのため、ピーク時にこれらの指数に一括投資を行った投資家は未だ含み損の状態。
  • しかし、毎月一定額を買い付ける積立投資の場合は含み益となっており(ドルコスト平均法の効果)、預金での運用より有利になっている。
  • ドルコスト平均法を用いた長期・積立分散投資の有効性を国民に広く浸透させていくことが重要である。

ドルコスト平均法は方々で優れた投資戦略として挙げられている。しかし、説明を読むたび、筆者はけむに巻かれている気分になる。たとえば上記でいう「有効性」とはなんのことだろう。預金より儲かればよいならば、株式投資一般に「期待」してもよいことだろう。バブルのピーク時に投資を開始し、その後の大幅下落を経ても含み益、つまり儲かっているという点は、毎月一定額(ただし昇給により段階的に増額)を長期にわたり積み立ててきた筆者自身も経験していることだ。でも今世紀に入ってTOPIXが700ポイントを切って含み損となった時点で積み立てをやめていたら損失に終わっていた。一方、あのとき将来の積み立て相当分までお金を借りて「一括投資」していれば、アベノミクス相場の時などドルコスト平均法などより大儲けだろう。リスクが低い? 積み立て投資の資金の一部は投資期間が短いから一括投資に比べてリスクが低いのは当然で、一部資金の投資期間が短い分だけ期待リターンも低い。リスク・リターン・トレードオフの時間軸版、それだけだ。

筆者もこれまで、ドルコスト法についてはあれこれ考えてみたのだが、結局、「長期投資・イズ・グッド」、「稼いだお金の一部は投資に向けるべき」以上の結論は得られなかった。なのに「ドルコスト平均法」が長く幅広くもてはやされているのはなぜだろう。

投資でも日常生活でも、理論と実証と実践の粋を集めてたどり着いた複雑な結論より、うまくいく要素をいくつか備えていて概ね正しい結論のほうが重宝したりする。個人投資家の皆さんは資産運用よりも大事で楽しい営みをたくさん抱えておられるわけで、だから毎月の積み立て額と投資対象だけ決めておいてあとは放っておけば勝手に長期投資をしてくれる投資戦略がニーズに合うのだろう。そのうえ、定期定額積み立てというプロトコルも、いったん始めれば所有効果が現れ、サンクコストと相まってそう簡単にはやめたくなくなる。長期投資への誘因が織り込まれているのだ。

投資の世界にはそういう、突き詰めると綻びが出るのだがそこは意識されず、大筋ではよい方向に向かうので正しいと信じられている、そんな概念がいくつもある。そういうものの利点とは、正しい手法であることではなく、人を正しい方向に導くことなのだろう。

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