有価証券報告書で開示する意味 サステナビリティ開示を巡って

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2022年10月13日

甲(金融商品取引法の研究者): 今年6月の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」の報告を受けて、近いうちに、サステナビリティ情報が有価証券報告書で開示されることになるだろう。そのこと自体は歓迎すべきなのだが・・・

乙(IRの実務家): どうした、甲らしくないな。いつもなら、威勢よく「情報開示は透明・公正な市場と投資者保護の一丁目一番地。情報開示の拡充は歓迎だ」と言うところだろう。

甲:  その通りなのだが・・・
有価証券報告書は、金融商品取引法に基づく代表的な開示書類の一つだ。その目的は、公正な価格形成や投資者の保護などにある。
その観点を踏まえれば、非難されるべきは、その虚偽記載、つまり、サステナビリティへの対応を進めていないにもかかわらず、さもそうしているかのように嘘をつくことだ。逆に、正直に「まだ、十分な対応を進められていない」と開示することは、金融商品取引法の観点からは「良い」開示ということになる。投資者が正しい情報に基づいて投資判断をすることが可能になるからだ。何ら非難されるべきことではないはずなのだが・・・

乙; しかし、現実問題としては「十分な対応を進められていない」と開示することは難しいだろうな。有価証券報告書は、社会全体に向けて公表されることもあり、株主、投資者に限らない多くの関係者から「サステナビリティに熱心でない」として強い反発を招く危険性がある。

甲:  まさにその点なのだ。
金融商品取引法の本来の目的を超えた何か、ある種の政策目的が影響しているように感じられてならないのだ。

乙:  なるほど、そういうことか。ただ、持続可能な社会を実現するという政策目的自体は正当なものだろう。正当な政策目的を実現するため、政府として、あらゆる可能な手段を利用することは、ある意味、当然ではないか?

甲: それぞれの法律にはその目的があり、それを逸脱した使い方をすることには、どうしても抵抗感を覚える。
仮に、百歩譲って、政策目的の実現手段として金融商品取引法の開示制度を利用することを許容するとしても、例えば、ファンドと組んだMBOを実施して上場をやめてしまうことで、開示義務を逃れることが可能な仕組みの下、本当に政策目的を実現できるのだろうか。

乙: それなら、こう考えたらどうだ。
現在、世界的規模で進められているサステナビリティ政策を受け入れて、これに沿った対応を進めているか否かは、中長期的には企業価値に重要な影響を及ぼし、投資者の投資判断にとっても重要な情報である。だから、有価証券報告書で開示するのだ。

甲: 確かに、そう考えるしかないのだろうな。
少なくとも、金融商品取引法に基づく開示制度の枠組で開示を行う以上は、投資者や市場にとって重要な情報を提供することが、その主眼であることを忘れないでほしいものだ。

乙: その点については同意だ。是非、企業と投資家の建設的な対話にもつながることを期待したい。

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 横山 淳