円は本当に安すぎる?

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2022年10月06日

  • 児玉 卓

コロナ禍で止まっていたインバウンドの再開による景気刺激効果が期待されている。訪日客の絶対数がコロナ前に戻るには相当の時間が必要だろうが、一人当たりの円換算支出額の増加は見込めそうだ。その一方で、アウトバウンドの環境は著しく悪い。飛行機代からホテルの宿泊料金に食事代、何から何まで高い。円の購買力が大幅に低下しているのだ。これをメディアなどは「数十年ぶり低水準への実質為替レートの下落」等と書き立てている。

一方、為替レートは長期的には一物一価が成り立つように決まるという考え方がある。購買力平価説というものだが、それによれば物価上昇率が高い国の通貨は下落する。逆は逆である。そして、この説が正しいのであれば、一方的な円の実質レートの下落がいつまでも続くことはない。今は金融政策の方向性の違いなどが円を押し下げているが、いずれ内外物価上昇率格差が円を反発に導く、ということになる。

本当だろうか。確かに米国の景気悪化や日本のインバウンドの盛り上がりが近い将来に比較的大きな円の反発をもたらすこともあるかもしれない。為替も相場ものだから、行き過ぎとか揺り戻しとか、いろいろなことが起きる。しかし現在の円に購買力平価説が想定するような長期的な反発力があるかは疑わしい。

というのは、日本の相対的に低い物価上昇率は、海外の主要国に比した労働生産性上昇率の低さ、その結果としての実質賃金の伸びの低さの結果である可能性が高いからだ。そうであれば、購買力平価説を根拠とした円の反発論は、日本は生産性が低いからそのうち円高に戻る、という奇天烈なロジックに行き着いてしまう。そうではあるまい。恐らく今我々が直面しているのは一時的な一物一価からの乖離ではなく、生産性の停滞、そしてその結果でもある国際競争力の劣化などを映じた、長いスパンで続く円の購買力低下のプロセスなのではないか。

こういう言い方もできるかもしれない。購買力平価をもとに為替レートの高低を論じるのは、その通貨の実力(≒フェアバリュー)に比した実際のレートの相対感の話にすぎない。今の論点はそこではなく、円の実力そのものが趨勢的な低下過程にあるということではないか。

ここでは一物一価からの乖離は問題にはならない。例えばスイスや北欧に旅行すると現地の物価の高さを痛感する。アジアの途上国、例えばインドに行けば、その気になればいくらでも安く過ごすことができる。つまり生活水準の高い国の物価水準はそうでない国よりも高い。スイスとインドで一物一価は成立しないということだ。そしてその背後にあるのは、やはり根源的には生産性の違いということになるのであろう。

本コラムのタイトルを「円は本当に安すぎる?」としたが、円の実力が下がり続けているとすれば、今の円レートは必ずしも安すぎるわけではないことになる。政府関係者などは、とかく円安を行き過ぎた市場の動き(投機)のせいにしがちであるが、問題ははるかに根深いと認識すべきだ。

あるべき政策の方向性は明らかであるように思える。少なくとも自国通貨買い介入など、まさに途上国的な政策に政治的・経済的資源を浪費している場合ではないはずだ。

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