円安にどう対処するか
2022年09月15日
円安が止まらない。しかし、それがいっそう熾烈になって企業や家計に広く壊滅的な打撃を与えるだろうという見通しはそう多くない。各国の金融政策の違いが目下の円安をもたらしているというのが一般的な見方だが、各国の利上げはどこかにゴールがある。その天井や、引き締めが行き過ぎて景気が悪化する可能性が意識されれば、為替市場の景色は即座に変わるだろう。
円安が物価高の大きな要因の一つであることは確かだが、それゆえに日本の物価はもっぱら貿易が容易な財で急上昇している。2022年7月の消費者物価指数は財が前年比5.5%の上昇に対し、サービスは▲0.2%と下落が続く。両者の伸び率の差は2021年12月以降5%ポイントを超えており、そうした状況は狂乱物価といわれた1974年以来のことである。
もっとも、1974年当時はサービス価格も前年比2桁%の上昇が続いていた。財価格対比で見たサービス価格の現在の低迷ぶりは、かなり異質である。ガソリンや小麦などは政策で価格が人為的に抑えられていることも考えると、それはなおさらだ。新型コロナウイルス感染症の影響はもちろんあるが、サービス価格の停滞はコロナ禍前から長期に続いてきた。
サービス価格が下がり続けているままでは、インバウンド市場の正常化で得られる果実が小さいものになってしまう恐れがある。本来、インバウンド需要を取り込む上で、これほどの円安は極めて強い追い風である。水際対策の本格的な緩和は間もなくと見込まれる。円安を最大限に活かすには、コロナ禍の完全収束前にサービス価格をできる限り引き上げておく戦略が必要だ。それは供給体制を強化するための雇用を確保する上でも不可欠である。
国民経済計算によると2022年4—6月期における「居住者家計の海外での直接購入」のデフレーターは10年前と比較して78.2%上昇しているが、「非居住者家計の国内での直接購入」のそれは8.8%の上昇にとどまっている。国内からの海外旅行はやたら高額になってしまった一方で、日本の宿泊・飲食・小売などのサービスの実質的な価値に対し来日客に支払ってもらえる料金には、相当の引き上げ余地があるのではないか。
ただし、サービス価格が上昇せず、財価格の上昇率も主要国ほどではないにもかかわらず円安が進む問題の本質は、製造業を含めた日本企業全体の競争力の低下にあるのかもしれない。この間の企業による設備投資や研究開発投資、人材投資の伸びや規模を国際比較すると、知識資本や人的資本を含めた広い意味での日本の資本装備率は貧弱であるとみられ、そう考えると、最初に述べた円安に関する楽観は許されない。
足元の物価高で一部からは日銀に政策変更を求める声があるが、円安でも円高でも稼げる産業構造とするには、実質金利を引き下げて投資を拡大していかなくてはならない。投資を拡大しなければ賃金の上昇はままならず、それがサービス価格の引き上げや物価の安定と一体の課題である。政府は物価高に対し低所得者向けの5万円給付などを決め、秋に追加策を含む総合経済対策をとりまとめるという。円安が何を意味し、正しい物価対策とは何であるのか、考え抜かれた施策を期待したい。
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調査本部
常務執行役員 リサーチ担当 鈴木 準
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