人的資本の情報開示とカッツ理論

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2022年09月13日

  • 大村 岳雄

企業の「人的資本」の情報開示について様々な議論が行われている。

これまでの、従業員は事業のコストという考え方から、価値を生み出す投資対象であるという考え方がでてきたからである。人的資本への投資を考える上では、人材戦略が必要であり、先に公表された人材版伊藤レポート(※1)では、人材戦略に求められる5つの要素の一つに、「リスキル・学び直し」を挙げている。

伊藤レポートでは、「事業環境の急速な変化、個人の価値観の多様化に対応するためにも、個人のリスキル・スキルシフトの促進、専門性の向上が必要となる。」と記述されている。

ここ数年のDXブームもあり、多くの企業ではデジタル人材の育成、ITスキルの向上に力点を置いている傾向が強い。

この動き自体を否定するつもりはないが、筆者はその前に、ヒューマンスキルの見直しやレベルアップも図るべきではないかと考えている。

企業研修の参加者や人事部門のマネージャーの方とお話しすると、若手社員と上手くコミュニケーションが取れない、入社3年目くらいまでの社員はIT機器については速く慣れるが会議での発言や説明が分かりにくい、などといった声を聞くことがある。

新入社員の導入研修では、ビジネスマナーやベーシックなビジネススキルの研修は行われるものの、その後はスキル研修が中心となる傾向が高い。

そこで参考になるのが、カッツ理論である。これは、1950年代、米国の経済学者ロバート・L・カッツが提唱したマネジメントの各層とビジネススキルの関係性を明示した理論である。カッツ理論では、マネジメント層を「ローワーマネジメント」「ミドルマネジメント」「トップマネジメント」の3つに、マネジメントに必要な3つの能力として「テクニカルスキル」「ヒューマンスキル」「コンセプチュアルスキル」を定義している。

カッツ理論では、それぞれの階層にとって、どの能力がどの程度の割合で必要なのかを図解している。「ローワーマネジメント」では、「テクニカルスキル」や「ヒューマンスキル」に重きが置かれ、階層が上がるにつれて、「テクニカルスキル」の割合が減り、ヒューマンスキル」に加え、「コンセプチュアルスキル」が増えていく(図表1参照)。

図表1.カッツ理論

また、各スキルの概要は、図表2にあるように「業務遂行能力」「コミュニケーション能力、傾聴力、コーチング力」「概念化力」などと読み替えられよう。

図表2.マネジメントに必要な3つの能力

マネジメントに必要な能力を可視化したこのカッツ理論、現代の企業の人材育成の場面でも役立つ考え方である。次世代リーダーの育成に課題を感じている企業においては、人材育成計画のベースにこの理論を取り入れてはいかがであろうか。

(※1)経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」(2020年9月30日)

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