利上げに見る米国経済の潜在成長率

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2022年09月05日

  • 永井 寛之

米国では2022年3月から利上げ局面が続いている。記録的なインフレに直面していることもあり、そのペースは過去と比べても速い。6月の連邦公開市場委員会(FOMC)で示されたFFレートの見通しは2023年末に3.8%(中央値)としている。

ただし、この水準は1990年代や2000年代前半といった過去の水準と比べて低い。一般に、中央銀行は平時には自然利子率と実質金利が一致するように金融政策を運営し、景気が過熱しているときは自然利子率より高い水準に実質金利を誘導する。そのため、政策金利の水準はインフレ率にも左右されるが、自然利子率の影響も受ける。約40年ぶりの高インフレ下で、FOMCでの政策金利の見通しが1990年代や2000年代前半のピーク時の実績を大幅に下回るということは、自然利子率が低下した可能性を示唆する。

自然利子率は景気に中立的な金利であり、潜在成長率の概念に近い。潜在成長率とはマクロで見た経済の成長力を意味しているので、自然利子率の低下はいわば経済の「基礎体力」の低下を意味している。潜在成長率は、資本蓄積要因・労働力要因・生産性要因の3つによって定義される。下の図を見ると、潜在成長率が高かった1990年代後半から2000年代前半と比べると直近は生産性要因の寄与度が明確に低下している。この背景には、例えば、生産性向上の源泉となり得るR&D投資はラグを伴って生産性に波及するが、リーマン・ショック以降の数年間では、その伸びが緩慢だったことなどが挙げられる。また、1990年代は米国ではソフトウェア投資などのIT投資が奏功して生産性が向上したが、2000年半ば以降は、IT投資を行ってもなかなか生産性が向上しないいわゆる「ソロー・パラドックス」と呼ばれるような状況でもあった。なお、80年代からの推移を見ると生産年齢人口の増加率の低下などにより労働者要因の寄与が、資本財価格の低下が緩慢なことなどにより資本蓄積要因の寄与が縮小した。

このような背景から、2000年代以降、自然利子率(≒潜在成長率)は低下基調にあったが、今後さらにこれを押し下げるようなリスクがいくつか存在する。例えば、新型コロナウイルス感染症の蔓延により失業した労働者の一部が労働市場に戻っていないが、これが恒常化すれば労働力要因の下押し圧力となる。同様にトランプ前政権のように移民を排除するような排外的な政策を再度実施されれば、労働力人口の伸びがさらに鈍化するだろう。感染拡大により出生率が一段と低下したが、この回復が緩慢となれば、長期的には自然利子率を押し下げる要因になるだろう。金融引き締めで資金調達環境が悪化すれば、有形・無形資産問わず企業の投資意欲を抑制するため、生産性要因と資本蓄積要因の両方を下押しすることも考えられよう。

米国の潜在成長率の要因分解

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