EUタクソノミーが新たなESGウォッシュを生み出す?

EUではガス火力と原子力はサステナブルだが...

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2022年07月19日

  • 田中 大介

7月4日から7日まで行われていた欧州議会の本会議にて、サステナブルな経済活動の定義を決めるEUタクソノミー(※1)に関する採決があった。ガス火力と原子力がグリーンな経済活動であるか否か、その基準を示した規則案への賛否を問うものである。

この規則案は、2022年2月に欧州委員会が採択を決定、同年7月11日までに欧州議会とEU理事会から異議が出なければ、2023年1月から適用される。この異議申立ては、EU理事会では20ヵ国以上の反対、すなわち加盟国の7割以上の同意が必要となる。これに比べて半数以上の票数で賛否が決まる欧州議会での採決は異議申立てが成立する可能性が高く、その行く末が注目されていた。

6月14日に欧州議会の経済通貨委員会と環境・公衆衛生・食品安全委員会の合同会議で規則案を拒否する動議が採択され、この拒否動議が本会議へ提出された。7月6日の本会議で行われた採決の結果、賛成278票、反対328票となり、拒否動議が退けられた。同月11日までにEU理事会からの異議申立てもなかったため、この規則案は予定通りに適用される見込みである。すなわち、一定の基準を満たせば、EUではガス火力と原子力はサステナブルと認められることになる。

ガス火力は石炭に比べ相対的に温室効果ガス排出量は少ないものの化石燃料であり、原子力は廃棄物処理などの観点で持続性に疑問が呈されることが多い。今回の規則案でこれらをサステナブルと位置付けたことで、これまでとは経緯の異なるESGウォッシュを生む可能性がある。

もともとESGウォッシュは、ESGへ積極的に取り組んでいると開示しているにもかかわらず、実際にはそうでないなど、悪い意味で乖離が生じることを指す言葉である。しかし、国・地域間でサステナブルの定義あるいは分類法が異なれば、こうした乖離がなくともESGウォッシュが起こってしまう。

この規則案を含むEUタクソノミーはEU域内で適用されるものであり、ESGやサステナブルと題する金融商品はこれを参照することになる。そのため、ガス火力や原子力がサステナブルであるとする、EU域内の国・企業によって発行された株式や債券、それを含むファンド等が世界各地の金融市場で取引されることになる。

ここで問題となるのが、株式や債券など、個別企業が判別できる金融商品の場合はともかく、複数の銘柄が組み込まれるファンドにおいては十分なESG情報開示が行われていない点である。つまり、ESGファンドへ投資したと認識していても、その中身が開示されていないために、実際にはガス火力や原子力など、自身の考えるサステナブルとは異なるものへ投資しているという事態が起こり得る。

最近では、世界的にESGウォッシュに関する議論が活発化している(※2)。米国では商品名を想起させる場合はポートフォリオの80%以上がその要素に合致するもので占めることを求めるなど、すでに具体的な規制内容も検討されている。しかしどのくらい詳細なESG情報が開示されることが適切であるかという議論はどの国・地域においても決着していない。

“サステナブルな経済活動”の認識は、世界で共有できる部分もあるが、国や地域、あるいは個人によっても主張が異なる場合もある。従来問題視されてきたESGウォッシュだけでなく、“サステナブルな経済活動”の認識の違いによって生じるウォッシュも防ぐためには、金融商品におけるESG情報の開示を検討する必要があるのかもしれない。

(※1)詳細は、田中大介「分類区分が拡張されるEUタクソノミー」(大和総研レポート、2022年4月26日)などを参照。
(※2)鈴木利光「『グリーンウォッシング』対策、まずは商品名から?」(大和総研コラム、2022年6月28日)

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