自己株式(金庫株)を巡る3つの誤解

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2022年07月14日

2001年の商法(当時)改正により自己株式の取得と保有、いわゆる金庫株が解禁されて、すでに20年以上が経過した。株主還元や分配政策などを巡って自己株式に対する関心は、なお高い。そのこと自体は大いに結構なことなのだが、未だに様々な誤解が残っているのは、どうしたことだろう。こうした誤解がまことしやかに語られるのを聞くたびに、残念な気持ちとなる。この機会に、これらの誤解のいくつかを解いておきたい。

「新株の発行と違い、自己株式は簡単に売却できる?」

そもそも法的にも、会計的にも「資産」とは認識されない自己株式を「売却」するということ自体、言葉の誤用であるということはいったん脇に置こう。

会社法上、自己株式の「処分」は、新株の発行と同じ「募集株式の発行等」と位置付けられ、同じ決定手続、割当手続、出資の履行手続などを遵守しなければならない。

金融商品取引法上も、自己株式の処分は、「取得勧誘類似行為」として、新株の発行と同じ扱いとなっている。確かに、過去においては、新株の発行は「募集」、自己株式の処分は「売出し」として扱われ、自己株式の処分の方が緩い規制となっていた時期があった。しかし、今では両者に規制上の違いはない。

新株の発行よりも自己株式の処分の方が容易だというのは、今日では全くの誤りだ。

「自己株式を消却すれば、希釈化リスクが低下する?」

「希釈化リスク」をどのような定義で用いるかにもよるが、自己株式の消却と結びつけている以上、今後、新株の発行や自己株式の処分によって、いわゆる社外株式数がどれだけ増加する余地があるか、という趣旨で用いられているものと考えられる。

会社法上、社外株式数の増加余地は、発行可能な潜在的新株(=発行可能株式総数(いわゆる授権枠)-発行済株式総数(自己株式を含む))に、保有する自己株式を足して計算される。発行可能株式総数100、発行済株式総数80、保有する自己株式5とすれば、25(=100-80+5)となる。

確かに、過去においては、自己株式を消却すると、発行済株式総数、保有する自己株式だけでなく、発行可能株式総数も減少する、という運用が行われていた時期があった。その当時、上記の事例で自己株式をすべて消却すれば、社外株式数の増加余地は20(=95-75+0)と減少し、希釈化リスクも低下する、と言うことができた。

しかし、現行会社法の下では、自己株式を消却しても、発行可能株式総数は減少しないとされている。従って、上記の事例で自己株式をすべて消却しても、保有する自己株式は減少するものの、その分だけ、発行可能な潜在的新株は増加するため、いわゆる社外株式数の増加余地は25(=100-75+0)と変わらず、希釈化リスクは低下しないのだ。

「自己株式を保有しておけば、機動的なM&Aなどに対応しやすい?」

まだ紙ベースの「株券」と呼ばれる券面が存在していた頃であれば、M&Aのために新株を交付しようとすると、大量の「株券」を印刷する時間とコストがかかるが、自己株式を交付するのであれば「金庫」を開けて、そのまま送付すればよいので、機動的に対応しやすい、と言う余地はあったかもしれない。

しかし、今や上場株式はすべて電子化されている。もはや、このような議論が成り立たないことは明らかだろう。

筆者が言いたいことは、まだまだ残っている。例えば、いかに誤解に基づくとはいえ、「自己株式の消却」というアナウンスに株価が反応する現実が、インサイダー取引規制や適時開示などについて難しい問題を引き起こしている、といった点だ。しかし、紙幅も尽きたので、今回はこのあたりで口を閉じるとしよう。

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 横山 淳