フラン無制限介入との比較で考える日本銀行の指値オペの効果

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2022年06月06日

日本銀行は2022年4月の金融政策決定会合において、連続指値オペの運用を明確化した。明らかに応札が見込まれない場合を除き、0.25%の10年物国債利回りでの指値オペを毎営業日実施する。日本銀行が一定の条件の下で無制限に国債の買入を行うことを事前にアナウンスし、市場の期待形成に強く働きかけることで、指値オペは効果を発揮する。このアナウンスが市場に十分に浸透すれば、日本銀行は大規模な国債買入を行わなくとも、長期金利を目標水準以下に誘導できる。そうなれば、将来的には出口戦略の円滑化にも資する。

ただし、無制限介入という強力な手段を有していても、中央銀行が市場の期待形成を完全にコントロールできるわけではない。その一例が、スイス国立銀行(SNB)が2011年9月から実施した為替介入だ。SNBは当時懸念されていたフラン高に対応するため、1ユーロ=1.20フランを上限とする無制限のユーロ買い・フラン売りを行うことを発表した。当初は為替レートを誘導目標まで減価させることに成功したが、最終的にはフラン高を抑えることができなくなり、2015年1月にSNBは政策の終了を余儀なくされた。

この政策が終了に至るまでの過程を振り返ると、まず、為替介入によってSNBのユーロ建て資産の保有残高は増加していた。その上で、フラン高・ユーロ安が進行すると、こうした資産のフラン建て価値は目減りする。すなわち、為替介入でユーロ建て資産が増えるほど、SNBが抱えるバランスシートの毀損リスクは大きくなる。欧州政府債務問題に端を発したユーロ危機の影響で「安全通貨」とされるフランへの需要が増加したことで、SNBの為替介入の規模も、政策を継続するコストも時間とともに大きくなっていった。

対照的に、日本銀行の指値オペでは自国の国債を購入するため、仮に利回りが上昇(国債価格が低下)しても満期まで保有すれば、そのバランスシートが毀損するリスクはない。また、為替介入を通じて需給に働きかけることで間接的に為替レートをコントロールしようとするSNBの政策に対して、指値オペでは直接的に国債の利回り(価格)をコントロールすることができる。このため、指値オペは政策の有効性に対する市場関係者からの信頼を得やすく、強いアナウンスメント効果を持つとみられる。

だが、何らかの要因によって指値オペの持続性が失われるリスクは残る。例えば、日本の財政リスクが意識される事態になれば、国債への需要が減少して利回りに強い上昇圧力がかかる。需要の減少が急激なものであれば、フラン無制限介入政策のように、指値オペは突如終了に追い込まれるだろう。指値オペが今後も効果を発揮し続ける上では、日本銀行の政策運営だけでなく、国債市場の安定性を維持するための政府の財政運営も重要だ。

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久後 翔太郎
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 久後 翔太郎