「制度」と「執行」の狭間にある闇

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2022年05月25日

  • 中沢 則夫

悲しく、嘆かわしい、憤怒にかられる、ある種の事件が頻発している。主な例を説明抜きに並べてみる。「建設統計偽装」、「知床遊覧船沈没」、「大間マグロ産地偽装疑惑」、「阿武町給付金事件」等々。

行政事務執行の観点からは、当たり前のことを当たり前に処理していたら十分に避けることのできた事案すなわち「人災」である。なぜ、基本動作ができていないのか?事案を処理・実行する者の能力が十分でなかっただけだろうか?

この手の話題に対して、「何か癒着や利権の闇があるのだろう」とか「何かの陰謀があるのだろう」などと根拠があるとは思えない意見を開陳される方も少なくない。しかし、事務を処理するため何段階もの避けられない手続きがあり、複数の要員が関与しチェックされる中で、そんなことが可能だろうか?

現実の「闇」はそんなドラマ仕掛けのところにあるのではない。

考えられる第1の原因は、「人員の不足」である。「パーキンソンの第一法則」では業務が少なくなったのに、役所の人員は増えていく組織肥大化現象を皮肉った。しかし、日本の行政機構の定員は増えるどころか減少傾向にある。さらに悪いことに中高年の公務員の比率がどんどん高まり、組織がトップヘビー状態に向かっている。業務が増加し、かつ細分化しているところで、実際に事務を処理できる体制が整っていないという悲鳴が聞かれる。

第2の原因は、事務処理のための「事務処理要領(マニュアル)の整備が不十分」であることである。マニュアルが往々にして第三者が作ったものを通達しただけであったり、あまりに分厚く事細かに記載されているために実践的でなかったり、という実態もある。フロントラインで事務を執行する人が、臨時職員であったり、外注処理をしたりしていることも少なくない。

そして、第3の原因であり、おそらくもっとも深刻な「闇」は、制度や政策の「企画立案」と「業務執行」の分離である。理念先行型の政策が蔓延し、制度の設計が事務執行の現場事情に十分に反映したものとなっているだろうか?

特に行政規制や給付行政では、平等に配慮し、性悪説を前提に制度設計が行われる。しかし、ここで想定しているのは「小悪」であり、多くの行政手法では「巨悪」を取り締まれない。また、事務処理の現場感覚がないと、どれだけの業務量で、どのような部署が関与し、歩留まりはどのくらい、という発想が抜け落ちる。事務処理の連鎖やもたれあいの実態が分かっていないと事務は動かない。戦術を理解しない戦略ほど危険なものはない。比喩的に言うと、「制度」という機械の設計図はあるが、「執行」業務のサプライチェーンが把握されていない、ということだ。

行政機関の不祥事を材料に「闇」を論じたが、民間企業の事務処理にもそうした「闇」がある可能性も付言したい。リコール隠しや偽装・粉飾などの法規制違反だけでなく、ハラスメント、下請けいじめ、さらには低い労働生産性に至るまで指摘されている問題の根は同じである。

本来の「コーポレートガバナンス」の目的は、そこを是正することにあるはず。監査役制度や社外取締役制度は、外から押し付けられた仕組みと捉えるべきではない。「闇」の可能性を意識しながらガバナンス体制を敷いているかどうかが、真に企業の品格と価値を維持できるかどうかの分かれ目となると確信している。

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