悪いインフレで再燃する老後不安と「資産所得倍増プラン」の焦点

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2022年05月11日

ロシアのウクライナへの軍事侵攻に起因する国際商品価格の高騰に加え、日米の金融政策スタンスの乖離等に伴う円安進行を受けて値上げラッシュが止まらず、コストプッシュ型の「悪いインフレ」が国民生活を直撃している。

中東産原油の代表的な指標であるドバイ原油のスポット価格は1年前に比べて約67%上昇し、ドル円レートは約20%下落している。筆者の試算によると、生鮮食品を除いたコアCPI(消費者物価指数)の前年比は、原油高で1.1%pt程度、円安進行で0.5%pt程度押し上げられることになる(注)。日本の長期的な低インフレ状況を踏まえると、その押し上げ効果は大きい。当然、試算結果については幅を持ってみる必要があるものの、すでに国民が悪いインフレに直面しており、その状況が今後一段と厳しさを増すことはほぼ確実な情勢だといえる。

インフレの悪影響が特に懸念されるのが、年金で生活している単身高齢者だ。その家計収支項目について、①老齢基礎年金(満額)、②65歳以上「単身者」の食費・光熱・水道代、の推移を確認すると、年金収入が横ばいもしくは微減となる一方、食費(除く外食)が2013年頃から増加傾向にあることが分かる(図表)。この背景には、2013年4月以降の大規模な金融緩和政策に伴う円安進行や2014年4月の消費増税の影響などがある。

実際には、厚生年金や家賃(賃貸の場合)、ガソリン価格(車保有の場合)の影響など、他にも様々な要因を考慮して議論する必要があるものの、年金収入が伸び悩む中で、生きていく上で必要な費用が上昇し、老後生活が徐々に厳しさを増してきたという大きな構図は変わらない。振り返ると、今から3年前の2019年5月以降、いわゆる「老後資金2,000万円問題」が世間の大きな話題となり、国民の老後不安を高めるきっかけになった。今回の値上げラッシュにより老後生活の厳しさがあらためて浮き彫りになれば、老後不安の問題が再燃することとなろう。

このように国内で悪いインフレが進行する中、今後の国民生活に関わる政策面の論点を最後に2つほど取り上げたい。

1つ目は、夏場の熱中症対策という目先の課題だ。今年は夏場に電気代が一段と上昇すると見込まれ、さらに電力供給不安も懸念される。こうした中で国民の節電意識が過度に高まり、エアコンの利用を控える動きが強まれば、熱中症リスクも上昇しやすくなる。現在、エネルギー代に関しては、ガソリン高騰対策が注目されているが、今年の夏場は、冷夏という「神風」が吹かない限り、電気代や電力供給問題が浮上する可能性が高く、その費用面の対策や安定供給体制の強化が検討課題となる。

2つ目は、老後不安やインフレリスクなどを見据えた家計の資産形成の促進という長期的な課題だ。筆者は、老後生活や高インフレへの備えとして長期目線で投資を行っており、今回の悪いインフレ下では資源・円安関連の金融商品で一定の効果を実感している。日本でインフレが定着するかはまだ分からないものの、将来への備えという観点から、長期的な資産形成の重要性は高い。この点に関しては、2022年5月5日、岸田首相が英国での講演で突如表明した「資産所得倍増プラン」の行方も注目される。これにより家計の資産形成が促進されるのか、その恩恵が幅広い国民に行き渡るのか、などが今後の焦点となろう。

(図表) 老齢基礎年金と65歳以上「単身者」の食費・光熱・水道代

(注)当試算は、長内智(2018)「消費増税と原油高でデフレ脱却とインフレ目標はどうなる?」大和総研レポート(2018年10月18日)、と同様の方法による。

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長内 智
執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 長内 智