急加速するEV化へのゲームチェンジにニッポンは対応できるか

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2022年04月26日

  • コーポレート・アドバイザリー部 主席コンサルタント 太田 達之助

トヨタ自動車をはじめとする完成車メーカーを頂点とした自動車産業は、空洞化が進むニッポン製造業の最後の砦だ。だが550万人もの雇用を支える自動車産業にゲームチェンジの危機が押し寄せている。

日本では2021年のEV販売が約2万台と新車販売の1%にも満たないため、EV普及はまだまだ先と認識されている。しかし、世界全体ではハイブリッド車(以下、HV)を超える年間約500万台が販売され、EVの存在感が高まりつつある。今や自動車の生産及び販売台数で世界断トツに躍り出た中国では、国家戦略としてEV化を推進している。環境意識が高い欧州でもEVの普及が進みつつあり、特にノルウェーでは2021年の新車販売の65%をEVが占めた。

世界各地域でのEV化ロードマップにおいて、潮目が変わったのは2021年夏のことである。すでにフォルクスワーゲンの高級車ブランドであるアウディは2026年以降販売する新型車を全てEVにすると発表していたが、メルセデス・ベンツも2025年以降に発売する新型車はEVのみとするなどのEV専業メーカーへの転身を宣言した。これら主力メーカーの動向を踏まえ、欧州連合(EU)は7月にHVを含むエンジン車の新車販売を、2035年までに実質的に禁止すると発表した。

世界最大のEVメーカーであるテスラを輩出しながら、日本と同様にEV化に積極的でなかった米国も、政権交代により方針が大きく変わった。2021年8月、バイデン大統領が2030年までに新車販売の50%をEV、FCV(燃料電池車)、PHV(プラグインハイブリッド車)とする大統領令に署名したのである。環境意識が高いカリフォルニア州やニューヨーク州では、2035年までにエンジン車の新車販売を禁止すると表明している。米国最大の自動車メーカーであるGMも2035年に全ての新車をEVなど排ガスゼロ車にする方針だ。

海外主力メーカーと政策当局のタッグによるHV外しのEV化が予想を超えるスピードで進んでいることに加え、最も脅威に感じられるのが、新興の中国EVメーカーの躍進である。

株式時価総額で、テスラとトヨタに次ぐ世界第三位の自動車メーカーとなった中国BYDは、幅広いEVのラインナップを揃えている。すでに日本でも電気バスの販売を行っており、50を超える国・地域で7万台以上の電気バスを供給してきた実績と圧倒的な低価格で、これまでに京都や沖縄などで数十台の販売実績がある。2030年までに累計4000台を販売するのが目標だという。

中国国内では、上海汽車と米GMの合弁会社が製造する格安EV「宏光MINI EV」が昨年42万台の販売を記録した。価格は約50万円。自転車やバイクに代わる日常の生活手段として、地方都市を中心に普及し始めている。「EVは高価であり、軽自動車が売れ筋の日本での普及は難しい」といった固定観念を根底から覆す状況が中国では起きているのである。

中国製EVは低価格車ばかりではない。中国IT大手のテンセントが出資する新興のEV専業メーカーNIOは、中国全土にバッテリー交換ステーションを展開し、車両購入者に対しバッテリー交換の無料サービスを提供するといったユニークな高級路線で販売を伸ばしている。スタイリッシュなデザインで、ノルウェーに続き欧州各地に進出する計画だ。

「EVは本当に地球環境にやさしいのか?」 火力発電の比率が電源構成の75%前後を占める日本においてはそうは言いきれない。また、エンジン車が全てEVに置き換わったら充電のために新たな発電所の建設が必要になる可能性があるという。これらの日本自動車工業会の主張は正しいかもしれない。しかし、正論を言っている間にデファクトスタンダードを握られて、実質的に負けが確定するのはビジネスの世界ではよくあることだ。

1970年代の米国や日本における厳格な環境規制に対応するために、日本の自動車メーカーが技術力を高めて、やがて世界最大の自動車生産国となった。1970年代の環境規制から半世紀の時を経て、気がつけばEVオンリーにゲームのルールが変わりつつある。EVは電池とモーターで走行する仕組みで、電池がキーデバイスとなる。つまりEVオンリーになれば、自動車大国ニッポンが蓄積してきたエンジンやトランスミッションに関する技術が不要となるわけである。もちろん、日本の自動車メーカーも、電池などEV関連デバイスに多額の投資をしていくだろう。しかし、早い段階でEV化に一点集中し、国家戦略として原材料のレアメタルから電池材料のサプライチェーンの構築に巨額に資金を投じてきた中国自動車産業に対抗するのは容易ではない。

もはやEV後進国になってしまったニッポンは、この不都合な真実を直視して対策を講じないと、取り返しのつかない事態になることが想定される。

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太田 達之助
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