「生物多様性」の多様性

RSS

2022年03月22日

  • 田中 大介

「気候変動の次は生物多様性である」
最近、このような言葉を見聞きすることが増えた。国内外でTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への取り組みが進み、気候変動に係る情報開示が充実してきたこともあり、次のテーマとして気候変動とかかわりが深い生物多様性が注目されている。昨年にTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)という組織も立ち上がり、開示フレームワークの検討も始まっている。

他方、生物多様性という言葉は思いのほか広義である。
一般に、生物多様性には、①生態系の多様性、②種(種間)の多様性、③遺伝子の多様性といった3つのレベルがあり、順に自然環境、生物種、遺伝子(同種でも形態等に違いが生じるなど)の多様性を示す。いわゆる階層構造になっており、①~③は独立した概念ではなく、相互に影響を及ぼし合っている。

例えば、どこで、どのくらいの生物種が生息するかは、気候や土壌などの自然環境に応じて異なり、生物種の組み合わせにも相性がある。一般的には共存し得ない生物種同士でも、特定の環境下では共存するなど、様々な条件が複雑に絡み合って、その場における「生物多様性」は成り立っている。

そのため、ひとえに生物多様性への取り組みといっても、アプローチの在り方は自然環境や生物種あるいはその組み合わせの数だけ存在するものと理解できよう。

この理屈で考えると、企業による生物多様性への取り組みも一様でない、独自のアプローチが目指されることが望ましいわけだが、植林・植樹活動をアピールする企業は少なくない。よく目にするのは、動物や昆虫などが好む生息環境を構築するために木を植えるといった説明だ。

ここで問題となるのが、目的に沿う、すなわち実質的に生物多様性へ寄与する植林・植樹が行われているかである。

先述した階層別の多様性(①~③)に照らし合わせると、これは①生態系の多様性への寄与を目的とする活動と理解できる。確かに、森林や樹木は動物等の生息環境を提供するだけでなく、治水や炭素吸収など、生態系の中で重要な役割を担うため、植林・植樹の活動は広く環境問題の改善に貢献するだろう。

とはいえ、生物多様性に寄与する植林・植樹として求められるのは、特定の生物多様性へ回帰させる(※1)または維持するための生息環境の整備ではないだろうか。このような目的を持たない(例えば、特定の樹種のみを対象とした)植林・植樹しか行われなければ、活動地域が世界各地に散らばるなどしない限り、生態系の多様性は生まれないだろう。筆者は生物多様性の専門家ではないが、常識的に考えれば、画一的な自然環境下では似たような生態系が構築されるだろうことは想像に難くない。

また、植林・植樹は実施前後のモニタリング等を行わなくとも、森林面積の増減など、良くも悪くもその実績を定量的に示しやすい。近年は、企業が開示するESG(環境、社会、ガバナンス)情報への注目度も高く、投資家等に対してESGに関する取り組みをアピールするためには良い材料だろう。

筆者が懸念するのは、企業が確かな目的なく植林・植樹を行うことで、生物種の多様性どころか、画一的な生態系の構築を助長し、実質的には生物多様性に寄与しない可能性である。無論、国と企業では求められる役割が異なることは認識しているが、先述の通り、生息環境の提供を意図する植林・植樹は回帰・維持したい生物多様性が念頭にある。望ましい樹種の選定はもちろんだが、水質や土壌の改善など、最適なアプローチが植林・植樹とは限らない。懸念が杞憂で終わればよいが、今後も企業には「多様性」に満ちた取り組みを期待したい。

(※1)ここでいう「回帰させる」とは、過去にその場所で成り立っていた生物多様性へ戻すことを指す。基本的に、生物多様性の評価は、一時点における自然環境も含む生物種の組み合わせを参照し、これを基準として現状と比較することが多い。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。