物価がなかなか上がらない不思議な国ニッポン~価格転嫁の観点から

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2022年01月24日

  • 永井 寛之

2021年後半から先進国を中心としたインフレーションが注目されている。もっとも、欧米では消費者物価の上昇が加速している一方、日本では相対的に低調である。もちろん、携帯電話料金引き下げなど政策的なかく乱要因の影響もあるが、この要因を除いても諸外国と比べて低位に推移している。

物価上昇が進まない構造的な原因は色々考えられるが、その一つに企業の価格転嫁が進まないことが挙げられる。企業がコスト上昇を販売価格にどれだけ転嫁できているか示す指標としてマークアップがあるが、日本は欧米諸国と比べて低位に推移していることがよく指摘されている。マークアップは販売価格とコストの比率と定義され、これらが同じ(マークアップが1)である場合は市場にとって望ましく、販売価格がコストを上回ると(マークアップが1より大きい)企業に価格支配力があることを意味している。一方、販売価格がコストを下回る(マークアップが1未満)ということは、企業に競争力がないことや新陳代謝が進まなかった結果、過剰競争により価格転嫁ができず、コストを販売価格で賄えていないことを表す。マークアップの推計手法にはコンセンサスがなく、推計値は幅を持って見る必要があるが、例えば、JIPデータベース2021(独立行政法人経済産業研究所)におけるマークアップ(※1)を確認すると、2018年時点でマークアップが1を下回る産業は100業種のうち32業種に上る。

さらに、消費者の行動も企業の価格転嫁を抑制しているかもしれない。例えば、Cavallo (2017)(※2)では、日本や米国など10カ国の大型小売店のデータを用いてオンライン価格とオフライン価格の違いを検証し、同一小売店では両者の価格にそれほどばらつきがなかったとの結論を得ている。また、この理由として、消費者がオンライン価格とオフライン価格を簡単に比較できるようになったことを企業が見越した可能性を指摘している。消費者のより安いものを探すような価格探索行動によって企業の価格転嫁が妨げられている可能性があり、デフレマインドが根強い日本では、特にこうした傾向が根強いとみられる。

無論、物価上昇は家計の負担を増加させる。しかし、企業側がコストの価格転嫁ができないのであれば、売上が増えず、賃金上昇の阻害要因になるだろう。企業が適切な価格設定ができるように、市場の新陳代謝を促して企業が過剰にならないような競争市場の整備や、値上げが賃金上昇につながるような好循環などが期待される。

(※1)算出の式は(要素費用表示のGDP+名目中間投入)/(資本コスト+労働コスト+中間投入)
(※2) Cavallo, Alberto. (2017) “Are Online and Offline Prices Similar? Evidence from Large Multi-Channel Retailers,” American Economic Review, Vol. 107 (1), pp. 283-303.

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