交易条件からみた「日本が貧しくなった」論

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2021年09月06日

  • 永井 寛之

最近、他国と比べて物価水準が低いことや日本人の給与が他国と比べて低いことなどを理由に、「日本は貧しくなった」という議論をよく見聞きする。

実質賃金の長期推移からその背景を探ると、交易条件の悪化が賃金の伸び悩みにつながったことが指摘できる。1人1時間当たり雇用者報酬(実質賃金)について1994年からの累積変化を労働生産性、労働分配率、交易条件(GDPデフレーターと消費者物価指数の比率)に要因分解したのが下図である。労働生産性は過去25年余りで実質賃金を25%pt程度押し上げた一方、交易条件が15%pt程度押し下げた。その間の労働分配率は比較的安定している。家計の生活水準を引き上げていくためには、労働生産性の向上に加え、交易条件の改善も必要だろう。

交易条件とは、輸入財1単位当たりに対する輸出財1単位当たりの価格で、財を1単位輸出した際に何単位財を輸入できるかを表した指標である。輸入物価は上昇傾向にあり、中国をはじめとした新興国の経済成長による需要の増加や世界的な金融緩和策による投機資金の流入などを受け、資源価格が上昇した影響が表れている。一方、輸出物価は低下傾向にあり、日本国内の企業は輸入価格に比して輸出価格を引き上げることができていない。結果として日本から海外に所得が流出し、それを企業や家計が負担している。このようなメカニズムが日本を貧しくした一因であろう。

80年代ころまでの日本は安価で良質な財を輸出することで経済成長を遂げ、賃金も上昇した。しかしその後、新興国のキャッチアップやこの動きと連動した製品のコモディティ化などにより、日本の国際競争力は低下した。輸出価格の低下にはこうした背景もあろう。

交易利得の改善には、輸入・輸出両面からの取り組みが必要である。輸入面では、資源を中心に輸入数量を減らすことで、海外への所得流出を抑えることが必要だ。企業設備のエネルギー効率を高めることや再エネの普及、水素の国内生産の拡大など、グリーン化の着実な実施が求められよう。輸出面では、輸出財の付加価値を向上させることが肝要だ。電気機器や輸送用機器などでは輸出財の高付加価値化がこのところ進んでいるが、この動きをさらに加速させる必要がある。そのためには、付加価値の高い産業への円滑な労働移動やポストコロナを見据えた産業構造の転換が必要かもしれない。市場の参入退出を促し、新陳代謝を進めることも有効だろう。企業レベルでいえば、デジタル化を通じた事業活動の効率化や新たな付加価値の創造のほか、より国際市場を視野に入れるようなマーケティングの強化なども求められる。

1人1時間当たり実質雇用者報酬の累積変化

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