2021年08月16日
AI(人工知能)に仕事が代替されることが指摘されて久しい。AIに限らず、IoT(Internet of Things)やロボットなどの技術進歩により省人化できる業務範囲が広がれば、就業構造にも大きな影響をもたらすだろう。では、デジタル化に並ぶ変革の柱である脱炭素化は就業構造をどのように変えるのか。
脱炭素化に向けて先陣を切るEUは、温室効果ガスが1990年比で8割削減された場合の2050年までの雇用への影響を2018年に試算した。製造業や電力業、鉱業だけでなく、EUの就業者の約7割(2015年時点)を占めるサービス業なども分析の対象とされている。就業者の見通しは3つの方向感(増加、減少、横ばい)で示されている。試算結果を見ると、就業者全体では小幅に増加するものの、業種によって方向感が異なる。化石燃料需要が減少して再生可能エネルギーの利用が拡大することで、就業者は鉱業で減少し、電力業で増加する。一方で製造業やサービス業では横ばいと見込まれている。ただしサービス業に含まれる小売業などでは消費者の需要の変化に影響を受けるであろうことなど、ビジネスの環境が変わる可能性が指摘されている。
他方、日本では政府からこうした分析が示されておらず、雇用への影響について全体像が見えにくい状況にある。2021年6月にアップデート版が公表されたグリーン成長戦略では、一部の産業で雇用が減少する可能性が新たに指摘されているものの、「ガソリンエンジンの変速ギアを製造していた中堅・中小サプライヤー」を例に挙げたのみである。また多くの企業は脱炭素化による自社への影響を十分に把握していないとみられる。2021年6月に帝国データバンクが企業に対して実施したアンケート調査によると、脱炭素社会が進展することによる自社への影響について34.0%が「分からない」、35.0%が「影響はない」と回答した。
背景には、政府が脱炭素化の道筋を具体的に示していないことがあろう。2050年の脱炭素化目標は従来の延長線上の取り組みでは達成できないため、グリーン成長戦略ではイノベーションの実現に重きを置いている。だがイノベーションは不確実性が大きく、戦略通りに技術進歩やコストの低減が進むとは限らない。戦略で示される各施策については担当省庁が実装することになるが、それぞれへの投資予定額などは未定で、施策の具体化のプロセスや優先順位等が見えづらい。一方、ドイツでは製造業など分野別の2030年までの許容排出量を割り当てており、2022年予算案の枠組みで短期的な削減効果の高い対策に50億ユーロの予算をつけるなど、実現のための具体化が進んでいる。
国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2021年8月9日に公表した報告書では、産業革命以前と比べた世界の平均気温が2021~40年に1.5℃上昇するとの見通しが示された。2018年の前回報告書の想定より10年ほど早まった形である。人間活動の温暖化への影響は「疑う余地がない」と明言されており、気候変動問題に対処するために取り組みの加速が求められている。政府は脱炭素社会に向けた戦略のさらなる具体化を進めることで、民間企業の脱炭素化の取り組みを後押しし、大きく変化し得る就業構造に働き手が対応できるように支援することが求められる。
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