インフレ目標の修正と次期景気後退局面での期待形成

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2021年08月03日

主要中央銀行はインフレ目標に関するガイダンスを相次いで修正している。Fedはインフレ率の実績値が目標値から上振れすることを一時的に認める「平均インフレ目標」を2020年9月に導入し、ECBは2021年7月にインフレ目標を「2%未満で2%に近い値」から「2%」へと変更した。インフレ目標における参照物価指数の上昇が続くなか、欧米では経済正常化への過程でインフレ率が一時的に目標値を超えることが見込まれている。

中央銀行にとってはインフレ目標を下回る状況でインフレ率を高めるよりも、目標値を上回る状況でインフレ率を抑える方が技術的に容易だ。金利の引き下げ時にはゼロ金利制約が存在する一方、金利の引き上げにはこうした制約がないためである。実際、インフレ目標が導入され始めた当初、同政策を採用した中央銀行はデフレからの脱却ではなくインフレの抑制を企図していた。今回のインフレ目標の修正を経ても同様にFedやECBが目標値を上回るインフレを抑えることは可能であろう。

一方、インフレ目標の修正は期待形成に変化をもたらす可能性がある。ポストコロナにおいて経済が景気後退局面に入る場合、インフレ率が目標値を一時的に上回ることを中央銀行が許容するとの見方が市場で広がれば、大規模な金融緩和が実施されるとの期待が早期に形成され、市場金利の低下を通じて自己実現的に景気を下支えし得る。他方で市場参加者が期待する金融緩和の規模が過大になれば、中央銀行は必要以上に金融緩和の実施を迫られ、結果として資産バブルが発生するリスクがある。資産バブルの崩壊が実体経済に対して長期にわたり大きな負の影響を与えることはリーマン・ショックで経験した通りである。こうした状況を避けるためにも、中央銀行には過大な金融緩和期待を市場に持たせないよう一層丁寧なコミュニケーションを図ることが求められよう。

日本では2%のインフレ目標を実現する目途は現時点で立っていない。しかし、将来もしインフレ率が2%に近づくような局面に向かえば、FedやECBによる市場とのコミュニケーションの方法は、オーバーシュート型コミットメントを採用している日本銀行にとっても大いに参考になるだろう。

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久後 翔太郎
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 久後 翔太郎