オンライン講義で財政・金融政策の規律を考える

—世代間ギャップは埋まるのか—

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2021年06月24日

  • 道盛 大志郎

ここ数年、某大学の春学期に、公共政策の講義を受け持っている。旧世代の私にとっては、貴重な若者観察の機会だ。そこで感じたことを2点、御紹介したい。

まずは、大学の講義そのものについて。

コロナ禍とあって、昨年は完全なオンライン授業、今年はハイブリッド授業で行われている。ハイブリッド授業とは、学生が置かれている状況や希望に応じて、リアルに教室で参加することも、オンラインで受講することも、その時々で選択できる仕組みだ。一部のゼミを除き、殆どの講義がオンラインを想定されていたが、私の希望でハイブリッドにしてもらった。授業の内容から考えて、ということもあるが、キャンパスに行けない学生の悲哀をテレビで散々見てきたことも誘因となった。

驚いたのは、その後の展開だ。74名の受講生のうち、教室に現れた学生は、4~10名程度にとどまり続けている。オンライン参加の学生に、「本当はリアルに参加できたら良かったと思う人は?」と聞いたら、挙手した学生は皆無だった。オンラインが良い理由を尋ねると、「1年経って、オンラインの良さが分かってきた」というのもあったし、「バイトがしやすくなるから」(?)というのもあった。

旧人類としては、ここから悩みが始まる。「Face to Faceで議論するからこそ、理解が深まったり、新たな発想が出てきたりすることもあるよ。」とか、「オンラインにも良いところがいっぱいあるが、リアルに話し合うことの良さもあるから、時には授業に出てみたら?」とか言ってみたいとも思うが、気後れしたまま今に至っている。

次に、講義の内容について。

公共政策というテーマの性格上、現下の財政・金融政策についても、当然話は及ぶ。コロナ禍などの困難に対処するため、政府・日銀は、前例のない金融緩和を続けつつ、度重なる補正予算をはじめ、これも前例のない巨額の財政資金を投入し続けている。その甲斐もあって、未曽有の感染症危機の中で、倒産件数は異例の少なさだし、失業率は他国と段違いの低水準を保持している。

しかし、一方では、日銀の資産規模は膨れ上がり、今や国債の半分を保有するとともに、多くの企業の大株主になるという、尋常ならざる事態だ。政府の借金残高(対GDP比)も、第2次世界大戦後の破局期を凌駕し、世界で他を圧する高水準となっている。経済社会のあちこちに、矛盾が蓄積してきているとも感じる。旧世代の一員としては、今はもちろん時期ではないが、緊急事態を卒業して環境が許すようになれば、通常の状態に復すべきだ、と考えて不思議はない。

しかし、その思いは、なかなか学生に通じない。もちろん意見は多様だが、「今まで問題がなかったのだから、日銀がたくさんお金を刷って、政府はそれを投じてどんどんやっていけば?」というのが、少なからずの若者たちの感覚ではなかろうか。

もちろん、旧世代代表の教育者としては、終戦直後のハイパーインフレ・財産税といった混乱や、ギリシャ危機に陥った際の彼の国民の悲惨な状況、世代間の公平の問題などを語らずにはいられない。しかし、どこまで伝わったかといえば、心もとないことおびただしい。無理もない、20才前後の彼らは、物心ついた中学生になりたての頃に黒田バズーカに遭遇してから、ずっと同じような環境に身を置いてきたのだ。そこに小難しい経済理論を説いても、混迷はますます深まっていく。

そこでもう一度、悩みは始まる。それでもやっぱり、うるさく小言を唱え続けるべきなのだろうか?

これからのことなのだから若者に任せてしまうのも一案だ、との考えが頭をよぎった後、やっぱり言い続けよう、と考え直す。いつかはきっと、分かってくれる時が来る。

いよいよ私も、頑固オジサンの仲間入りをしたのだと実感した瞬間だ。

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