中国の台頭とASEAN、そして日本

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2021年06月09日

  • 佐藤 清一郎

中国による、自国に有利な国際秩序形成や影響力拡大の動きは、年々、強まってきている。中国は、人権問題や領土問題などで、他国と意見の対立が生じた際にも、自国の主張を崩そうとはしないし、国連の安全保障理事会での重要事項決定に際しても、独自の主張で存在感を示している。こうした状況に対し、米国は強い警戒感を示し、様々な場面を通じて、中国との交渉を試みているが、双方の意見の隔たりは大きい。このまま、両国間で緊張が高まってくるようであれば、かつて経験した米ソによる東西冷戦のような事態が、米中で、生じる懸念さえ抱かせる。

日常的には、あまり話題にならないが、中国の影響力は、ASEAN地域でも増してきている。中国は、圧倒的な経済力・軍事力の違いを駆使して、ASEANと戦略的交渉を行っている。例えば、資源・エネルギー確保では、ミャンマーにおける水力発電事業、ガスパイプライン建設、ラオスでの鉱山発掘など、相手国の資金不足に乗じて、自国利益の確保を優先した開発を行っている。インド洋への陸路確保では、ミャンマーがターゲットにされており、中国南部に位置する雲南省の省都である昆明市からミャンマーを縦断し、港湾都市であるチャオピューを結ぶ鉄道建設や道路整備の計画が進んでいる。中国が、マラッカ海峡を経由することなくインド洋へのルートを確保できれば、新たなビジネス展開の可能性が広がるため、中国との国境にあるミャンマーのムセという街には、中国が中心となって物流を主とした工業団地開発が進められている。バンコクに抜けるルート確保では、ラオスがターゲットになっており、やはり、鉄道建設が進んでいる。以前、ラオスの鉄道建設予定地周辺を訪問した際に、駅建設予定地の近くを中心に、中国語の看板が目立った工業団地があり驚いたことを、強く記憶している。中国としては、この鉄道により、物流拠点であるバンコクに抜けるルートが確保できれば、物流網を有効活用して、顧客層拡大や時間短縮が可能となるため、鉄道駅周辺に工業団地を開発することのメリットは大きいとの思惑があるのだろう。

ASEANと中国との関係は、年々、深まってきている。このままの状況が続けば、カンボジア、ラオス、ミャンマーなど経済に脆弱さが残る国では、更なる中国依存の高まりで、中国経済圏化してしまう懸念さえある。国連によれば、2020年時点でASEANの人口は、約6億6千万人とされ、2026年には7億人を超えるとしている。決して小さな規模ではないため、ASEANが、政治・経済・社会的に、中国の影響を強く受ける環境に置かれてしまうようだと、アジア圏のみならず、世界全体の秩序維持にとって、大きな脅威となる可能性がある。

幸いにして、タイ、インドネシア、マレーシアなどでは、現地政府や企業との協力により、長年にわたり築かれてきた産業基盤を背景として、日本の影響力は強い。中国の台頭を牽制する意味でも、日本は、タイ、インドネシア、マレーシア、ベトナムなどを中心に、産業基盤構築支援、ミャンマー、カンボジア、ラオスでは、経済発展に向けたインフラ整備支援を継続していくべきだ。今後に向けた日本とASEANの繋がりは、まだまだ、拡大の余地を残しているし、また、拡大していくことが日本の責任とも言える。

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