もし日本銀行がETFを買わない世界があったら?

RSS

2021年05月18日

日本銀行が2021年3月にETF(上場投資信託)の購入方針を見直すと発表してから約2ヵ月が経過した。今回の見直しの主なポイントは、①4月以降はTOPIX(東証株価指数)に連動するETFのみを購入、②ETFを年間約6兆円のペースで買い入れるという新型コロナ禍前からの方針を削除するという2点である。

この背景には、これまでのETF買入れにより株式市場の価格形成が一部歪められてきたという副作用を緩和させる狙いがあるとみられ、株価が上昇を続ける局面で柔軟に買入額を縮小させる「テーパリング」を見据えた布石を打ったと捉えることもできる。昨今、日本銀行のETF買入政策に関しては、その副作用に対して批判的な論調が増えており、今回の見直しに対しても、まだ歪みの解消には不十分といった厳しい意見が聞かれる。

筆者もこのテーマに注目しているが、すでに多くの識者により議論されていることもあり、本コラムでは少し違った視点からひとつ問題提起をしてみたい。具体的には、もし日本銀行がETFを買っていなかったら日本の株式市場は市場メカニズムがしっかり機能して適切な価格形成がなされていたのだろうか、という問いである。

あくまでも仮定の話となるが、日本銀行がETFを購入することのないパラレル・ワールドが存在するとしたら、そこでは株価が割安に評価されやすいという別の歪みが生じていたと筆者はみている。このように考える背景には、ETF買入政策が導入された頃の日本の株式市場を取り巻く環境がある。

日本銀行がETF買入れを決定した2010年10月当時、日本株は買い手不在といえる状況にあった。外国人投資家は低成長国である日本の株式市場への投資を控え、いわゆる「ジャパン・パッシング(素通り)」の傾向が強まっていた。また、国内の金融機関と事業会社は株式持ち合い解消売りを継続的に進めており、家計はリーマン・ショックの後遺症もあって「貯蓄から投資へ」の動きを進めるような状況になかった。

こうした株式需給の影響などから、日本の主要株価指数のPBR(株価純資産倍率)は1倍付近の水準で低迷していた。この状況は、株価が企業の会計上の解散価値と同程度にしか評価されていないことを意味する。PBRの水準からみて株価指数が割安・割高であるかの判断は必ずしも一様ではないものの、当時の株価指数については日本企業の財務状況に比べて割安との評価の方が多かったと思う。

将来的にETF買入政策が出口に向かう際には、株式需給面で日本銀行という支えがなくなるわけだが、それにより政策導入前のような相場環境へ戻ってしまわないように努めることが広く金融資本市場に関わる者にとって重要な課題となる。万が一にも日本銀行が株式市場に再登場するような事態となれば、昨今の副作用を巡る批判的な議論は何だったのかと多くの国民から思われかねない。

このように少し遠い将来まで見据えると、今回のETF購入方針の見直しというのは、株式市場が日本銀行から独り立ちしていく長い道のりの、まさに第一歩と捉えることができる。そして、この先に待ち構えているのは株価指数が過去最高値を目指していくような「バラ色の道」か、それとも「いばらの道」か、今後の展開について引き続き注視していきたい。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

長内 智
執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 長内 智