デジタル給与は銀行の土台を崩す「蟻の穴」となるか?
2021年02月02日
菅義偉政権が成長の原動力として掲げる「グリーン」と「デジタル」の分野で注目されるキャッシュレス関連のテーマとして、デジタルマネーによる賃金支払い(デジタル給与)の解禁が挙げられる。この議論が活発化したのは、2018年12月に国家戦略特別区域諮問会議において、できるだけ早期に制度化するという方針が示されたことがきっかけである。
ただ、その後は、賃金支払い先となる資金移動業者(キャッシュレス決済企業等)が破綻した場合に労働者が不利益を被るリスクがあるといった懸念などから、制度改正の動きが停滞していた。こうしたなか、2021年1月下旬に、デジタル給与が今春にも解禁される見込みという新聞報道がなされ、その数日後の1月28日に開催された労働政策審議会労働条件分科会において、「資金移動業者の口座への賃金支払いについて」という議題の審議が行われた。
今後の動向について、まだ確かなことは言えないものの、デジタル社会の実現を目指している菅政権の下で、デジタル給与解禁に向けた動きが大きく進展する可能性もあろう。そこで今回は、デジタル給与に関して、筆者がよく質問される3点について紹介しつつ、今後の課題などについて簡単に整理する。
まず一つ目は、すでにデジタル給与で支払われているケースがあるのではないかというものである。この指摘については、その通りという回答になる。解禁前なのにデジタル給与で支払われているというのは、一見矛盾したような話であるが、この理由は至ってシンプルである。下記の図表で示したように、現在議論されているのは、労働者の賃金支払いに対する規制であり、その対象とならないフリーランスの報酬はすでにデジタル給与で支払うことができる。なお、労働者についても、経費・交通費の精算等でデジタルマネーを利用することは可能である。
二つ目は、デジタル給与が解禁された場合、企業はそれに対応することにより、給与振込手数料を抑えて全体のコスト削減につなげられるのかという質問である。この点については、長期的に一定のコスト削減につながる面がある一方、デジタル給与への対応作業でかえって手間とコストが増える可能性があることに注意すべきだと考えている。なぜなら、企業にとっては、給与の支払い方法が増えることとなり、新たに事務処理等の対応が必要になるためである。企業は、自社にとってのプラス面とマイナス面を十分考慮した上で、デジタル給与に対応すべきか判断していくことが重要となる。
三つ目は、デジタル給与が銀行のビジネス環境を劇的に変える「ゲーム・チェンジャー」になるのかという点についてである。個人的には、デジタル給与が広く普及するには相当の時間がかかると想定されることから、当面は「ゲーム・チェンジャー」にならないとみている。他方、長期的には、デジタル給与が預金という銀行ビジネスの土台を徐々に侵食する「蟻の穴」となり、いわゆる「銀行の土管化」を加速させる可能性もある。ただし、そうした状況に至るには、デジタル給与が多くの労働者から支持されなければならない。そのためには、電子マネー等へのチャージが不要になるといったメリットだけでなく、セキュリティ面での信頼を確保することや、家計管理機能やポイント付与といった付随的なサービスの提供などが重要な鍵となろう。
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