今こそ、金次郎

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2019年10月31日

  • マネジメントコンサルティング部 主席コンサルタント 林 正浩

この半年、ちょっとした二宮金次郎(尊徳)ブームである。世間ではなく、私が、である。映画「二宮金次郎」(五十嵐匠監督、柏田道夫脚本)に金次郎役として元同僚が主演したことがマイブームのきっかけだ。

二宮金次郎といっても、薪を背負い書物を読む、清貧や勤勉の象徴としての「あの銅像」というイメージしか浮かばない。そんな方も多いだろう。「歩きながら本を読むのは歩きスマホと同じで大変危険」そんなPTAの声を受けて、最近では座って書物を紐解く金次郎像も登場したらしい。それはさておき、尊徳翁は土地から「徳」を掘り起こす『仕法』と呼ばれる独自の方法で多くの地域を復活させた、いわば日本一のターンアラウンドマネージャー(再生請負人)でもある。意外と知られていないが手掛けた村や地域は実に600以上にのぼるという。

ちなみにこの映画、製作過程で多くの市民サポーターに支えられ、「二宮金次郎号」と名付けられた車に映写機材を積んで全国を回っている。単館系作品を観たい人に確実に届けたい。そんな想いから敢えて映画館で上映せず、12,000ルーメンという通常の映画館並みの映写機と6メートル超のスクリーンをトヨタハイエースに積みこみ、全国の学校や公民館を行脚するというチャレンジングな上映手法をこの作品は採っている。

さて、仕法を通じて尊徳翁が残した知恵、そして工夫は多岐にわたる。道徳経済一元論、分度(ぶんど)、積小為大(せきしょういだい)、心田開発…現代風に表現すれば、それぞれ、SDGsを通じた社会課題の解決、日々の暮らしの見える化、小さなことこそ怠らずに、モチベーション維持の重要性、とでもなるだろうか。令和の時代にこそ大切にしたい考え方ばかりだ。

シンプル&ストイックな金言の中で、私の心に一番響いたのは「一円融合」である。世の中は善悪、強弱、明暗、貧富、苦楽、男女、老若などの対立や対比で成り立っているが、みな一つの円の中に入れてみよ。一つの円の中で溶け合って「一円」とする世界こそ真なる成果を生む。要約すればそんな意味になる。対立軸をおくことなく、各々の存在自体を尊重し、皆が相手の立場に立って考えることによる相互作用を重んじる。そうした「一円融合」が平和で暮らしやすい世の中を実現する。

「競争ではなく共創」お客様との会話の中でこんなことを口にするとき、8050問題に取り組むとき、そしてSDGsと企業活動の関係性を紐解くとき、一円融合をベースにしてみよう。人生も仕事もこの原則に立ち返ることが時には必要なのではないだろうか。

それにしても、尊徳翁が日本的経営の源流だったとは知らなかった。安田善次郎は尊徳翁の蓄財に学び、渋沢栄一は尊徳翁の四か条の美徳に学んだ。御木本幸吉は志摩の二宮尊徳を目指し、そう、メザシといえば、臨調で名をはせた「メザシの土光さん」こと土光敏夫の質素倹約は尊徳翁が源流である。松下幸之助の経営哲学は報徳思想から多くの影響を受けているし、海外に目を転じればマネジメントの父ピーター・F・ドラッカーが二宮尊徳の経営哲学を高く評価していたことは広く知られている。

わが国経営史のどこをどうたどっても、身長185センチ・体重95キロの巨漢だったと伝えられる二宮尊徳に行きつく。薪を背負ったおとなしそうな賢い少年、ではないのである。

人生と仕事の原理原則が詰まった作品であり、主演の合田雅吏君にとっては四半世紀近い俳優生活の中で初めての映画主演作となる「二宮金次郎」。この映画は利益配分をはじめとした日本映画界のいびつさに一石を投じる、いわばベンチャー精神あふれた作品であることも併せて強調しておきたい。金次郎サポーター、小田原市民サポーター、日光市民サポーター、そしてクラウドファンディングを通じたサポーターをはじめとした800人あまりの支援者なくしてこの作品は完成しなかった。

「みんなで創った映画」そんな支援者の強烈な熱が伝わる、一人一人のお名前で埋め尽くされた長い、長いエンドロールに思わず涙腺が緩んでしまった。皆さんのお住まいの近くにも「二宮金次郎号」がお邪魔するかもしれない。ぜひご覧いただきたいと思う。今こそ、金次郎。

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林 正浩
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マネジメントコンサルティング部

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