「70歳までの就業機会の確保」を考える

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2018年12月03日

  • 山口 茜

日本の長寿化が進む中で、健康な高齢者(※1)が増加している。一橋大学経済研究所の小塩隆士教授によると、健康面の制約のみを考えた時の高齢者の就業率は、図の通り試算される(※2)。現実には、健康であっても就業しない人が少なくないと考えられるため、この試算はあくまで最大値として解釈する必要があるが、健康面の制約のみを考えれば、特に65歳以降の労働供給の伸びしろはまだ大きいと考えられる。

2013年度から希望者全員を対象とする65歳までの雇用が義務化されたことで、現在、ほぼ全ての企業で65歳まで働ける環境が整備されている。しかし、65歳を超えると状況は一変し、66歳以上になって働ける制度のある企業は27.6%にとどまる(※3)。

内閣府の「高齢者の日常生活に関する意識調査」(2015年3月)によると、60歳以上で仕事をしている人の約8割は65歳を超えても就労したいという意欲を持っている。就労意欲があり能力も備わった健康な人々が就業できていないとすれば、社会として大きな損失だ。

現在、政府は生涯現役社会の実現を政策に掲げている。10月22日に開催された未来投資会議では、70歳までの就業機会の確保を図り、高齢者の希望・特性に応じて多様な選択肢を許容する方向で検討する方針が示された。

しかし、60代後半の就業機会の確保を考える際、企業の雇用義務を単純に70歳まで延長するという形ではうまくいかないだろう。現在、60代前半の雇用者に関して、処遇や配置、人員構成に課題を抱える企業は多く、それを解決しないままに、さらに60代後半の雇用者も加われば、立ち行かなくなると考えられる。こうした事情を考慮して、11月26日に公表された中間整理では、「65歳までの現行法制度は、混乱が生じないよう、改正を検討しない」ことが示された。

したがって、60代後半の就業機会の確保には、継続雇用の拡充に加え、人余り企業から人手不足企業への移動がうまくいくかがカギになる。これまで、日本では同一企業で働き続けることが前提となってきたが、他の在り方も模索する必要が出てきたと言えよう。しかし、これは60代後半に限った話ではなく、労働市場全体の在り方を見直す時が来ているということだ。

終身雇用を前提とする日本の雇用形態では、若年時には生産性以下の賃金にとどまるものの、壮年期には生産性を上回る賃金水準まで高まっていく年功賃金制度が、長年の勤務を促すための工夫として取り入れられてきた。それが離職コストを高め、労働市場の流動性が高まらない要因にもなってきた。こうした日本のこれまでの慣習を時代に合わせて少しずつ変えていくことで、多様な働き方を可能にしていく必要がある。高齢者の就業機会の確保は、さらなる働き方改革のきっかけと捉えるべきだろう。

「70歳までの就業機会の確保」に関しては、2019年夏に実行計画が定められ、具体的制度化の方針が示される予定だ。2019年の論点の一つとして、引き続き注目していきたい。

(※1)高齢者は通常65歳以上を指すが、ここでは60歳以上を高齢者として扱っている。
(※2)Oshio[2018] “Health Capacity to Work and Its Long-term Trend among the Japanese Elderly”, RIETI Discussion Paper Series 18-E-079
(※3)厚生労働省 平成30年「高年齢者の雇用状況」、2018年6月1日時点の数値。

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