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インスタ映えしなかったEUのケーキ

2018年09月27日

ロンドンリサーチセンター シニアエコノミスト(LDN駐在) 菅野 泰夫

A piece of cake, perhaps? Sorry, no cherries (ケーキはいかがですか? ごめんなさい、チェリーはありませんけど) 。

このキャプションを付けた、9月20日付けのトゥスクEU大統領のインスタグラムの投稿が英国で波紋を呼んでいる。同大統領がメイ首相に3段トレイに並ぶ多くのケーキの中から好きなものを選ぶよう促している写真である。A piece of cake, perhaps? は、(「簡単なこと」を意味する慣用句とかけて)“EUの提示した妥協案を選べば、ブレグジット交渉は簡単でしょう”を意味し、Sorry, no cherriesは,“英国のいいとこ取り≒チェリーピッキングはできませんよ”を示唆している。EU側の真意は、交渉において英国には①EU案(バックストップ案)で妥協するか②合意なき離脱を選ぶかの2つの選択肢しかないと示すことにあろう。

この投稿は、瞬く間に拡散し、炎上した。EU離脱派である保守党議員らは信じられない侮辱であると、怒りを隠せずにいる。普段、生々しい感情を人前で露わにすることを嫌うとされる英国人も激怒しており、トレーディングフロアや、娘の学校への送迎の際もこの話題で持ち切りであった。

投稿があった日に終了したEUの非公式首脳会議で、英国はバックストップ案の受け入れを固辞した。バックストップ案とは、北アイルランドとアイルランド共和国の間の約500kmの国境線上に(フェンス等の)物理的国境を設置しない代わりに、北アイルランドは関税同盟に残り、EUは英国とのFTA交渉を継続する。アイルランド島とグレートブリテン島との間に通関・国境を設けるというものである。ただ、この提案を受け入れれば、連合王国である英国が分断されたと受け止められかねない。北アイルランドの帰属を改めて問うような国境の設定がされればメイ政権の存続どころか、最悪の場合には、20年前にようやく成立した和平合意の根幹が崩される恐れがある。アイルランドは、12世紀以降英国に実質支配されていたが1937年に北部6州を除いて共和国として独立した。この6州が英領北アイルランドだが、1960年代から英国による統治を望むプロテスタント系と、アイルランドとの統合を求めるカトリック系の住民対立が激化し、武力闘争に発展した。1998年のベルファスト合意を受け、アイルランドが北部6州の領有権主張を放棄し、和平が成立した。

メイ首相はこの投稿の翌日午後2時過ぎに急遽、ブレグジットに関する演説を行い、連合王国として北アイルランドのみ異なる枠組みに加わることはできないと断言した。バックストップ案を断固否定し、いわば最終判断を下したような演説であった。ただ、北アイルランド行政部及び同議会との合意がない限り、北アイルランドと英国のその他の地域との間に規制上の境界を作らないと言及したことから、合意があれば北アイランドがEU規制の支配下に留まる可能性を示唆し、譲歩の用意があるのではないかとの指摘もある。メイ首相の落ち着かない様子は画面越しからも伝わり、前日の投稿に対する怒りも一役買っているかの様子であった。投稿された写真では、沢山のケーキを前にメイ首相が迷っている様が印象的であったが、実際には英国には合意なき離脱の選択しか残されていないようである。それでも来年、本当に合意なき離脱が訪れた際に、在英EU市民の立場を悪くするだけの、後味の悪い投稿であったとも言える。

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菅野 泰夫

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ロンドンリサーチセンター
シニアエコノミスト(LDN駐在) 菅野 泰夫