エアバスとBrexit
2018年08月16日
欧州の航空・防衛最大手のエアバスは8月8日に、同社が製造した高高度疑似衛星(HAPS:High Altitude Pseudo-Satellite)である「ゼファーS(Zephyr S)」が連続飛行時間の新記録を樹立したと発表した。7月11日に米国のアリゾナを飛び立ったゼファーSは25日23時間57分の連続飛行を成功させた(これまでの記録はゼファー試作機による14日)。
HAPSとは欧州宇宙局(ESA)が通信衛星を補完・代替する手段として提案しているもので、飛行機と人工衛星の中間の高度を飛行し、インターネットの中継基地となったり、地表の観測や監視をする役割を担ったりすることが期待されている。人工衛星よりも打ち上げや運用の費用が安く、また、限定した地域で利用できるなど小回りが利くこと、通信衛星とは異なり繰り返し利用できることが長所である。
エアバスのゼファーSは長さ25メートル、重さは75キロで、太陽光発電のみを動力源とする無人飛行機である。飛行高度は21キロに達し、通常の飛行機の飛行高度である10キロのはるか上空の成層圏を飛行する。なお、連続飛行時間は3カ月程度まで延長可能とされる。活用方法としては、まずは僻地の通信事情の改善に用いられる予定である。また、エアバスによると通信衛星に比べて鮮明な画像を撮影することができ、国境管理など安全保障目的に加え、さまざまな災害時の活用も見込まれている。例えば、タンカー事故による海洋汚染が起きた場合の被害状況の把握、あるいは、この夏の高温と乾燥が原因となって欧州で多発している森林火災の早期発見などに役立つと期待されている。
ロイター通信によると、ゼファーは英国国防省の研究開発部門から分割・民営化されたQinetiQが2000年代初めに開発した技術が基になっており、2013年にエアバス・グループが開発チームごと買収した。ゼファーSはすでに英国国防省から最初の受注を獲得し、ロンドン近くのファーンバラにある工場で製造が始まっている。エアバス・グループはフランス政府とドイツの政府系金融機関の連合体が筆頭株主となっている多国籍企業だが、ゼファーSに関しては英国とのつながりの強さが目立つ。
ここで気になるのがBrexit(英国のEU離脱)の影響である。エアバス・グループは6月21日付の声明で、BrexitがEUと何ら合意がないまま実現された場合、すなわち2019年3月末にEU単一市場と関税同盟から即時に離脱することになった場合、英国での新規投資のみならず、生産そのものも見直しを迫られると強い口調で警告した。EUの単一市場と関税同盟を前提にサプライチェーンを構築してきたエアバス・グループにとっては、離脱協定が合意されて2020年末まで「移行期間」が実現した場合でも、対応するのに十分な時間があるとは言えないとされる。高い将来性が期待されるゼファーSが、英国とEU間の政治的なごたごたに足をすくわれないことが望まれる。
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