レイトカマーアドバンテージの衝撃

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2018年08月02日

  • 佐藤 清一郎

日本から見れば、シンガポールや香港を除けば、アジアの国々は総じて発展が遅れているという認識は概ね間違いではないが、特定の分野を見ると、それほど遅れていないこともある。特に、最新の技術やノウハウを導入できる分野では、それらをうまく利用して、先進国レベルに急速に接近している国も存在する。

いわゆる、レイトカマーアドバンテージと言われる現象である。レイトカマーアドバンテージとは、遅れて発展する国は、先行して発展している国の成功や失敗を学ぶことで、無駄な作業を繰り返すことなく、スムーズに最適な技術やノウハウを導入できるから有利であるというもので、これから発展しようとする新興国の特権とも言える。

以前、ミャンマーに駐在した際に、軍事政権下でのミャンマーの政策担当者と国の将来について議論する機会がよくあった。その際に、政策担当者からよく耳にしたのが、このレイトカマーアドバンテージという言葉である。ミャンマーは、長らく軍事政権下にあったことで、経済発展が他国と比較して大幅に遅れてしまったが、一方で、先行する国のいいとこ取りができるから有利だという声をよく聞いた。その当時、先進国にあるもので自国に使えそうなものは何でも吸収してやろうとする熱意を、政策担当者から感じた記憶がある。

ミャンマーで、レイトカマーアドバンテージの典型とも言える事例が、スマートフォンの急速な普及である。日本では、携帯電話発展の歴史は長く、大型のものから始まり徐々に小型化、そして、ガラケーを経て、スマートフォンへと変化するまで相当の時間を要しているが、ミャンマーでは、スマートフォンの本格普及まで約3年しか要していない。2014年~15年あたりのスマートフォンブームのピークの際には、物凄いスピードで、周辺の人々がスマートフォンを所有しだしたのを目の当たりにして、まさに衝撃を覚えた記憶がある。信じがたい時間短縮であり、まさに、レイトカマーだからできたアドバンテージである。

通信技術を提供したのは、ノルウェーのテレノール、カタールのオレドー、そして、日本のKDDIである。ミャンマーは、これら先進国の技術、ノウハウをうまく取り込むことに成功したのだ。ミャンマーでは、携帯電話と言えば、スマートフォンであり、ガラケーではない。筆者が知る限り、ガラケーを持っているミャンマー人に出会ったことはない。携帯電話に関し、発展の歴史がないので、スマートフォンが携帯電話だと言われてしまえば、それまでということなのだろう。

スマートフォンの方がガラケーよりも機能は優れているので、ミャンマーの人はスマートフォンからスタートできて羨ましい限りである。日本では、依然としてガラケーを利用する人が結構多いが、仮に、ミャンマーのように、スマートフォンがスタートであれば、ガラケーなどを利用する人は少なかったかもしれない。

一般に、先進国から新興国への技術やノウハウの移転は、時間を要することが多いが、携帯電話を中心とした通信インフラに関しては例外のようである。この現象は、ミャンマーに限らず、アフリカなどでも起きている。スマートフォンの急速な普及が可能となっている背景には、スマートフォン操作が比較的容易なこと、日常生活にとって利便性があること、携帯電話機器販売会社による廉価での販売努力などがある。

スマートフォンが普及したことで、ミャンマーの人々の日常生活やビジネススタイルは大きく変化した。親、親戚、友人との交流拡大、様々な情報を即座に収集できるようになったこと、eコマースやウェブマネーを通じた新たな取引の拡大等、メリットを上げれば他にもたくさんありそうである。スマートフォンによる処理は、そのほとんどが時間の節約につながるものばかりであり、ミャンマー経済の効率化につながっている。

ミャンマーで、スマートフォンの普及が、それほどの混乱もなく人々に受け入れられている現実を目の当たりにして、人間の適応力は素晴らしいと感動してしまうが、一方で、金融システムや運輸インフラなどの分野での技術やノウハウの移転には、極めて時間がかかっている。むしろ、技術移転が遅々として進まないというケースの方が多いかもしれない。そう考えると、新興国への技術移転に関して、通信インフラは例外のようである。様々なものが未整備な新興国への技術移転にあたっては、通信インフラ整備から始めると、良い結果を得られる確率が高いかもしれない。

今後も、どこかの国で、レイトカマーアドバンテージによる驚きの出来事が起きるかもしれない。

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