トランプ氏をどう止めるか?

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2018年07月25日

  • 児玉 卓

G20財務相・中銀総裁会議がブエノスアイレスで開催されたのは、何かのジョークだったのだろうか。あるいは、先だってIMFとの500億ドルのクレジットライン設定で合意したアルゼンチンの外貨の資金繰りを、多少なりとも助けんという参加国の厚意の表れだったのだろうか。

それはさておき、今回の会議では、貿易をめぐる対立回避に向けた対話の強化が謳われるなど、EU+カナダvs米国の対立の構図があからさまとなった6月上旬のG7サミットに比べれば、穏当な会議であったようにもみえる。しかし、それは恐らく一つにはトランプ氏が直接の出席者ではなかったためであろうし、もう一つは白黒をはっきりさせるよりも齟齬の露呈を最小限に抑え、玉虫色の結論を模索する傾向が強い、G20そもそもの性格の帰結でもあったであろう。参加者の多さゆえに利害調整が難しいG20は、そのハードルを乗り越えて参加者のコンセンサスを得るのではなく、誰もが明確に“No”とは言わない結論でお茶を濁さざるを得ない面があるように思える。

ともあれ、G7にせよ、G20にせよ、目下の世界経済の最大の懸念材料である保護貿易主義の蔓延の阻止には、何の役にも立たない。それはこの問題のほとんどすべてが、トランプ氏個人のキャラクターに依存しており、同氏にとって国際社会とは敵であるか、せいぜいディールの相手(したがって、結局は負かすべき敵)でしかないからだ。G20会議が始まろうというまさにその時に、ドル高けん制発言をするなどは、国際協調を軽視しているか、そうでなければ敵視しているとしか考えられない。

といって、国際社会になすすべが何もないということではない。何より、TPP11、RCEP、日欧EPAなど、財・サービスの貿易コストの軽減に資する施策を着実に実行していくことが極めて重要であろう。それによって、保護主義のコストを浮き彫りにするのである。もっとも、そのトランプ氏への直接的な訴求力にはあまり期待できない。同氏であれば、例えばTPP11が参加国に利益を与えるなどFake newsでしかないと言い放たないとも限らない。国際社会がターゲットとすべきは米国の企業であり、家計である。

実際、米国の地区連銀が地方の景況感を報告する「ベージュブック」では、関税率引き上げなどによる価格上昇と供給の混乱、販売数量の減少などが幅広く報告されている。また、米国の商務省が輸入自動車関税の引き上げをめぐって実施した公聴会では、米国メーカーからも米国内での生産コストの上昇などに関する懸念が表明されたと伝えられている。

一方、しばしば引き合いに出されるように、TPP11の発効により、日本市場ではオーストラリア産牛肉の競争力が米国産に比して高まるとされているが、こうした「実例」の積み重ねにより、「悪いのは貿易赤字ではなく保護主義である」というコンセンサスが米国で生まれればしめたものである。その時、選挙目当てのトランプ的ポピュリズムにあっても、保護主義に固執することの意味は完全に失われる。

もっとも、こうしたシナリオが実現するには、その過程で米国民が実際に保護主義のコストを払い、そのデメリットを実感するというプロセスが必要であるかもしれない。IMFは7月の世界経済見通し改訂版で、世界経済は好調を持続しながらもまだら模様になってきたと述べている。実態は欧・中不調の中で米国の独り勝ちが一層明確化しているということだ。こうした中で、米国民が保護主義のコストを支払い、同国の内需の勢いが失われることになれば、世界経済は最後の支えを奪われるに等しい。もちろん、それは最大の「悪役」が最後まで勝ち残るという理不尽が終わるということでもあるのだが。

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