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3.11からの復興とふるさと納税

2018年04月05日

小針 真一

2018年3月11日で東日本大震災の発生から丸7年が経過し、多くの報道番組で特集が組まれた。人間は元来、忘れる生き物であり、辛い体験や記憶の痛みは時間の経過と共に和らぐものであるが、日々辛い体験や記憶が上書きされ、過去の痛みが和らぐことのない現実が存在している。
7年前の2011年3月11日に東北地方太平洋沖で発生したマグニチュード9.0の巨大地震は、東北地方の太平洋沿岸部を中心に甚大な被害を及ぼし、多くの方が避難生活を余儀なくされた。
復興庁(平成30年2月公表)によれば、震災による避難者数は当初の47万人から現在では11.3万人(県内避難7.3万人、県外避難4万人)まで減少し、仮設住宅から恒久住宅への移転も進んでいるという。

私の故郷がある福島県は、津波の被害に加え福島第一原子力発電所の事故も重なったことから、避難指示区域に指定された住民の多くが避難所に身を寄せた。その後一部の地域では避難指示区域の指定解除があったものの、今なお5.1万人(平成30年2月復興庁公表)の方が避難を継続し、県外への避難者が3.4万人と全体の67%を占める状況にある。福島県は他の被災地と比べて県外への避難割合が特出して高い。
また、今後の避難指示解除を見据えた帰還への「住民意向調査」(平成30年3月6日復興庁公表)では、福島第一原子力発電所に近い大熊町、双葉町、富岡町、浪江町からの避難者のおよそ半数は「故郷には戻らないと決めている」と回答するなど、福島県の避難者が置かれている状況の特異性が窺える。
3月11日に放送された報道番組で「故郷に戻れる見込みは?」とマイクを向けられた男性が、かつては自分の田んぼであったという荒れ地を背に「これではどうにもならない」と無念の表情を浮かべた姿や、「誰も買ってくれない農作物を作る生活には戻れない」と未だ残る風評被害に悔しさを滲ませた姿が印象的であった。
一方、原発に目を向ければメルトダウンを起こした1号機から3号機の廃炉作業は、今後最長で40年かかるとされ、気の遠くなるロードマップの緒についたばかりで、最難関とされる燃料デブリの取り出しに必要とされる廃炉技術は確立されておらず、指定廃棄物の中間貯蔵施設や最終処分場の新たな建設予定地の目途も立っていないなど問題は山積している。

あれから7年。時間の経過と共に我々の記憶は徐々に薄れ、震災関連の情報に触れる機会も少なくなっている。震災の発生当初からボランティア活動や多額の寄付など多くの善意が寄せられたが、今、誰もが肩の力を抜いて被災地のためにできることはないだろうか。
・正しい情報に触れることで誤解や風評被害を無くしていく
・被災地からの避難者(転校してきた子供たち等)に自然体で接する
・たまには東北地方に旅行に出かけてみる
・意識して東北地方の食材を手に取ってみる
・東北が故郷の方は自分の故郷にふるさと納税する
・東北が故郷でない方は返礼品を楽しむつもりで東北にふるさと納税してみる

東北地方はリアス式海岸で有名な三陸海岸、親潮と黒潮がぶつかる潮目の存在もあって海産物に恵まれている。また、南北(縦)におよそ530kmと長いことから、その土地の気候や風土に合った米、野菜、果物といった農作物の栽培も盛んで、日本の食卓を支えている。
今ではすっかり定着したふるさと納税の楽しみの一つが返礼品の受け取りであるが、東北地方の自治体の多くが様々な海産物、お米、お酒、フルーツ、野菜などの特産品を返礼品として用意している。
私の故郷がある福島県でも、福島産こしひかり、地酒、福島牛、会津馬刺し、桃(あかつき)、阿武隈川の鮭、いわきの粕漬け、小名浜の干物、喜多方ラーメン等が定番であるが、個人的にはウニの貝焼きも外せない。
善意の押しつけはご法度だが、ちょっとした想いが3.11からの復興を後押しする。

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